超越論的人生論―いかに生くべきかを問う人生論ではなく

人生いかに生きるべきかを問うのではなく、なぜ私の人生が始まっているのかを問う人生論。

「天声人語」読解

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全19ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

節操のない政治家

2011、12、26(月)付 朝日新聞「天声人語」を読み解く
 
 
 読解力を鍛えるために朝日新聞「天声人語」を題材にして国語の設問を作りました。私たちは、新聞のコラムくらい一読すればわかると思っていますが、本当にわかっているのでしょうか?
 まずは26日(月)付の「天声人語」をお読みください。著作権の関係でコラム本文を転載することはできませんので、新聞か以下のウェブサイトでお読みください。
  
  asahi.com:朝日新聞社の速報ニュースサイト 「天声人語」
 
 なお、上のリンクから26(月)付の「天声人語」を読むことができるのは本日から約1週間です。
 

 この設問はできるかどうかを試すための“試験”ではなく、読解を深めるための設問です。設問をつくってそれに答える――意識的に問いを発してそれについて考える――ことによって読解と解釈を深めることができるのではないかと考えました。ではやってみましょう。
 
(問1) 筆者が古関裕而、阿久悠の仕事と対比しているのはどのような職業ですか。二つ挙げなさい。
 
(問2) この作曲家が野球の宿敵同士の応援歌を作曲し、作詞家が複数の球団の応援歌の歌詞を書いていることを筆者はどう見ていますか。
 
(問3) 「プロの仕事」とはどういうことをいうのでしょうか。この文章から読み取れる限りで答えなさい。
 
(問4) 「…自分たちの選挙より、顧客である有権者のことを考える本物のプロは誰かを覚えておきたい」とありますが、「顧客のことを考える本物のプロ」とは誰かの仕事ぶりに似ています。それは誰ですか。
 
(問5) この文章に題名を付けなさい。

設問の答え
 
(問1) 芸術家と政治家
 
(解説) 小さな対比として芸術家、大きな対比として政治家を挙げている。作曲家と作詞家の仕事ぶりを紹介した後でこう続けている。「芸術家なら己の「美学」の許す限りでだが、顧客の注文に合わせる器と技が要る」。芸術家は自分の美学のみにこだわるが、古関と阿久はそうではなく、顧客に注文に合わせる器と技量をもっていると言っているのだ。そしてそれが「プロの仕事というものである」と顕彰している。
 するとその裏では、芸術家は客の注文を聞かないのだからプロではないということになる。妙な理屈だが、顧客の注文に合わせられるかどうかがプロであるかないかの基準として提示しているから、そう解釈せざるを得ない。
 大きな対比は次のように示される。「顧客の注文に合わせる器と技が要る▼一方で、八方美人では務まらない職業もある」。対比しているのだから、作曲家と作詞家は顧客の注文に合わせる「八方美人」だということになる。一方で「これがプロの仕事というものである」と称えておきながら、その舌の乾かぬうちに「八方美人」だと暗に言う。
 そして最後は「顧客である有権者のことを考える本物のプロは誰かを覚えておきたい」と言う。ここで筆者の主張は反転してしまっている。前半とは正反対のことを言っているのだ。政治家は八方美人では務まらない、換言すれば顧客の注文に合わせていては務まらないとあなた言ったでしょ。なのに「顧客である有権者」のことを考えろとは何よ。それって八方美人になれっていうことでしょ。どうしてここに「顧客」という言葉が出てくるのよ。一体何のための対比だったよ。読むほうは混乱するじゃない。あんたバカじゃない。むしろ、政治家は己の信念を貫く「芸術家」であれ、と言ったほうがよかったんじゃないの!
 
※ 感情が激してきて一部オネエ言葉になってしまいましたことをお詫び申し上げます。啖呵を切るには、今や老女とオカマしか使わない女言葉、つまり少し前ならオカマ言葉、今で言うオネエ言葉と呼ばれる言葉遣いが威勢があってふさわしい。そういう時代なのであります。
 
(問2) プロの仕事だと褒め称えている。
 
(問3) 顧客の注文に合わせる器と技量のある職業人のする仕事のこと。
 
(問4) 作曲家の古関裕而と作詞家の阿久悠
 
(問5)
  ● 「節操のない政治家」

2011、12、16(金)付 朝日新聞「天声人語」を読み解く
 
 
 読解力を鍛えるために朝日新聞「天声人語」を題材にして国語の設問を作りました。私たちは、新聞のコラムくらい一読すればわかると思っていますが、本当にわかっているのでしょうか?
 まずは16日(金)付の「天声人語」をお読みください。著作権の関係でコラム本文を転載することはできませんので、新聞か以下のウェブサイトでお読みください。
  
  asahi.com:朝日新聞社の速報ニュースサイト 「天声人語」
 
 なお、上のリンクから16(金)付の「天声人語」を読むことができるのは本日から約1週間です。
 

 この設問はできるかどうかを試すための“試験”ではなく、読解を深めるための設問です。設問をつくってそれに答える――意識的に問いを発してそれについて考える――ことによって読解と解釈を深めることができるのではないかと考えました。ではやってみましょう。
 
(問1) 「昆虫記で知られるファーブルは『植物記』も書いている。切り倒された栗の木と会話をするくだりがあって、こんなふうに木が言う。「私は70歳になりますが、まだ5、600年は生きるつもりでした。忌まわしい斧(おの)さえなければ」。そして、樹皮からどっと涙を流した(平凡社刊、日高敏隆・林瑞枝訳から)▼むろんファーブルの想像だが、樹木はおのれの姿をもって、人に何かを語ることがある」。
 以上を参考にして、擬人化とはどういうことかあなたの考えを述べなさい。
 
(問2) この文章に題名を付けなさい。

設問の答え
 
(問1) 「木が言う」という。それが比喩でないならば、その言葉が聞こえているはずだ。もしもその声がまさにその木のあるところから、つまり外部空間のある特定の場所から聞こえるなら本当に木が話していると私は思わないわけにはいかない。
 「私は70歳になりますが、まだ5、600年は生きるつもりでした。忌まわしい斧さえなければ」。
 この言葉をファーブルは“聞いた”はずだ。だが外部空間的に聞こえたわけではないだろう。聴覚表象として頭の中で聞こえていたはずである。その言葉はファーブル自身が頭の中でつぶやいたというよりもまさに“聞こえた”のではないか。聞こえてきた通りの言葉がそれだったのではないか。
 だが、そのような現象を常識的に考え直せば、想像的に自分自身が木になり代わってそう言ったということになる。その再解釈されたものがあとから「擬人法」と呼ばれるのだ。 
 何か考えているとき、その言葉は頭の中で“聞こえている”。<ヒルメシハナニニシヨウカ>などと。もしそれが“聞こえない”ならば、自分が一体何を考えているのかわからないはずだ。聞こえているのである。聞こえているからこそ、何を考えているかと問われ答えることができる。
 ところが音声表象としての言葉が聞こえても、私自身が頭の中でその言葉を発しているという証拠は何もない。証拠はないがそういうものだと考えるのが常識というものである。この常識のお陰で、他人が電波を使って私の悪口を私の頭に直接吹き込んでくる、という解釈をしないで済んでいるのである。
 逆に、もしもこの音声表象が私の思考であるという常識から遊離し、この木が私に語りかけているのだという信念が生じれれば、それはもはや擬人化ではなく私の主観的真実となるだろう。
 音声表象として言葉が聞こえる、つまり頭の中で言葉が聞こえる。これは確かなことだ。だがその言葉を発しているのは私だ、と解釈すれば、デカルトが言うように思考の主体は私だということになるし、どこかの極秘エージェントの言葉だと思い込めば、いわゆる幻聴ということになり、座禅を組んでいれば雑念であるというように、言葉が聞こえるという同じ現象がさまざまに解釈されるのである。
 
(問2)
  ● 「奇跡の一本松を追悼する」

2011、12、15(木)付 朝日新聞「天声人語」を読み解く
 
 
 読解力を鍛えるために朝日新聞「天声人語」を題材にして国語の設問を作りました。私たちは、新聞のコラムくらい一読すればわかると思っていますが、本当にわかっているのでしょうか?
 まずは15日(木)付の「天声人語」をお読みください。著作権の関係でコラム本文を転載することはできませんので、新聞か以下のウェブサイトでお読みください。
  
  asahi.com:朝日新聞社の速報ニュースサイト 「天声人語」
 
 なお、上のリンクから15(木)付の「天声人語」を読むことができるのは本日から約1週間です。
 

 この設問はできるかどうかを試すための“試験”ではなく、読解を深めるための設問です。設問をつくってそれに答える――意識的に問いを発してそれについて考える――ことによって読解と解釈を深めることができるのではないかと考えました。ではやってみましょう。
 
(問1) ヒッグス粒子が「神の粒子」と呼ばれる理由を説明しなさい。
 
(問2) 「人の体の不思議」とあります。なぜ不思議なのか説明しなさい。
 
(問3) この文章に題名を付けなさい。

設問の解答例
 
(問1) 「この粒子なしに宇宙には星など何も存在しない、という理屈になるらしい▼それゆえ『神の粒子』と呼ばれる」とある。ここで言う「神」とは万物の創造主としての神のことだろう。そのよう神が存在しなければすべては無である。ヒッグス粒子がなければ星は存在せず今あるような物は存在しないことから、その粒子を神になぞらえ「神の粒子」と名付けた。
 
※ 同日付の毎日新聞「余録」でも同じ題材を扱っている。こちらにも「神の粒子」という言葉があるが、なぜそう呼ばれるかの説明はほとんどわからない。一部引用してみよう。
 
12月15日(木)付 毎日新聞「余録」より
 
「宇宙誕生直後に素粒子に質量を生じさせる役割を演じたため「神の粒子」と呼ぶ人もいる」
 
この説明では素粒子に質量を生じさせると、なぜ「神の粒子」と呼ばれるのかまるでわからない。筆者の説明不足である。
 
(問2) 大宇宙の原初に生じたヒッグス粒子によってこそ人間の体も重さを持つから。
 
※ 最終段落 
「▼いくら体重計が怖くても、ヒッグス粒子がなければ人も存在しない。無よりはやっぱり有がいい。先の川柳集からもうひとつ。〈どうにでもなれとブタマン2個も食う〉。大宇宙の原初につながる、人の体の不可思議と愛(いと)しさよ」
 
 ブタマンと体重を気にする心配を大宇宙創生期と接続させる不思議な文章である。
 
(問3)
  ● 「質量を生む謎の粒子発見か」

2011、12、3(土)付 朝日新聞「天声人語」を読み解く
 
 
 読解力を鍛えるために朝日新聞「天声人語」を題材にして国語の設問を作りました。私たちは、新聞のコラムくらい一読すればわかると思っていますが、本当にわかっているのでしょうか?
 まずは3日(土)付の「天声人語」をお読みください。著作権の関係でコラム本文を転載することはできませんので、新聞か以下のウェブサイトでお読みください。
  
  asahi.com:朝日新聞社の速報ニュースサイト 「天声人語」
 
 なお、上のリンクから3日(土)付の「天声人語」を読むことができるのは本日から約1週間です。
 

 この設問はできるかどうかを試すための“試験”ではなく、読解を深めるための設問です。設問をつくってそれに答える――意識的に問いを発してそれについて考える――ことによって読解と解釈を深めることができるのではないかと考えました。ではやってみましょう。
 
(問1) 「パロディーの『妙と副作用』」とあります。どういう意味か説明しなさい。
 
(問2) この文章に題名を付けなさい。

設問の解答例
 
(問1) 「妙」とは面白さ、おかしさ、うまさ、「副作用」とはパロディー化された側から訴訟などの問題が起きること。
 
(解説) パロディーが大きな事件になった事例では、「風の会」が「虱(しらみ)の会」と「週刊朝日」誌上で揶揄され、朝日新聞東京本社で野村秋介が抗議の自決を遂げるという事件がある。天声人語の筆者もまたこの事件が頭をよぎったに違いない。
 
(問2)
  ● 「パロディーの妙と副作用」

沖縄防衛局長の暴言

2011、12、1(木)付 朝日新聞「天声人語」を読み解く
 
 
 読解力を鍛えるために朝日新聞「天声人語」を題材にして国語の設問を作りました。私たちは、新聞のコラムくらい一読すればわかると思っていますが、本当にわかっているのでしょうか?
 まずは1日(木)付の「天声人語」をお読みください。著作権の関係でコラム本文を転載することはできませんので、新聞か以下のウェブサイトでお読みください。
  
  asahi.com:朝日新聞社の速報ニュースサイト 「天声人語」
 
 なお、上のリンクから1日(木)付の「天声人語」を読むことができるのは本日から約1週間です。
 

 この設問はできるかどうかを試すための“試験”ではなく、読解を深めるための設問です。設問をつくってそれに答える――意識的に問いを発してそれについて考える――ことによって読解と解釈を深めることができるのではないかと考えました。ではやってみましょう。
 
(問1) 各段落をその内容によって時系列順に並べ替えなさい。ただし、第1、2段落は除きます。
 
(問2) この文章の要旨は次のどれですか。ひとつ選びなさい。
 
(ア) 人の悲しみや泣き声で育つ木とは沖縄の比喩である。
(イ) 沖縄では米兵による性犯罪が数え切れないほどある。
(ウ) 今回の沖縄防衛局長の暴言は許されない。
(エ) 沖縄と国の関係を低劣に語る悪しき伝統が今回の暴言の背景にあるのではないか。
(オ) 琉球が沖縄になって以来、沖縄は悲しみと屈辱の歴史を歩まされてきた。
(カ) 不沈空母の役割を沖縄だけに担わすことはもはやできない。
 
(問3) この文章に題名を付けなさい。

設問の解答
 
(問1) 
第5段落 明治時代(琉球併合)〜太平洋戦争
第3段落 1955年(少女暴行事件)
第6段落 戦後(沖縄は不沈空母)。この段落は第3段落も含む
第4段落 現在(政府の役人の暴言)
 
(解説) この設問の意図は、この文章が公認された事実で構成されているということに気づくためである。筆者は今回の沖縄防衛局長の暴言を取り上げてそれだけを単独に批判していない。その代わりに、この暴言を明治以来からの沖縄(琉球)と日本政府との関係の歴史の流れの中に位置付けている。そうすることで何が見えてくるか。政府役人のこの暴言は政府が沖縄を下に見てきたという悪しき伝統の上に乗っているということである。直接筆者ははっきりとそう言っているわけではないが、この文章の構成からするとそう読めるのである。
 
(問2) 
(エ) 沖縄と国の関係を低劣に語る悪しき伝統が今回の暴言の背景にあるのではないか。
 
 
(解説) 問1の解説を参照のこと。
 
(問3)
  ● 「沖縄防衛局長の暴言」

全19ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事