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2011、12、26(月)付 朝日新聞「天声人語」を読み解く
読解力を鍛えるために朝日新聞「天声人語」を題材にして国語の設問を作りました。私たちは、新聞のコラムくらい一読すればわかると思っていますが、本当にわかっているのでしょうか?
まずは26日(月)付の「天声人語」をお読みください。著作権の関係でコラム本文を転載することはできませんので、新聞か以下のウェブサイトでお読みください。
asahi.com:朝日新聞社の速報ニュースサイト 「天声人語」
なお、上のリンクから26(月)付の「天声人語」を読むことができるのは本日から約1週間です。
この設問はできるかどうかを試すための“試験”ではなく、読解を深めるための設問です。設問をつくってそれに答える――意識的に問いを発してそれについて考える――ことによって読解と解釈を深めることができるのではないかと考えました。ではやってみましょう。
(問1) 筆者が古関裕而、阿久悠の仕事と対比しているのはどのような職業ですか。二つ挙げなさい。
(問2) この作曲家が野球の宿敵同士の応援歌を作曲し、作詞家が複数の球団の応援歌の歌詞を書いていることを筆者はどう見ていますか。
(問3) 「プロの仕事」とはどういうことをいうのでしょうか。この文章から読み取れる限りで答えなさい。
(問4) 「…自分たちの選挙より、顧客である有権者のことを考える本物のプロは誰かを覚えておきたい」とありますが、「顧客のことを考える本物のプロ」とは誰かの仕事ぶりに似ています。それは誰ですか。
(問5) この文章に題名を付けなさい。
設問の答え
(問1) 芸術家と政治家
(解説) 小さな対比として芸術家、大きな対比として政治家を挙げている。作曲家と作詞家の仕事ぶりを紹介した後でこう続けている。「芸術家なら己の「美学」の許す限りでだが、顧客の注文に合わせる器と技が要る」。芸術家は自分の美学のみにこだわるが、古関と阿久はそうではなく、顧客に注文に合わせる器と技量をもっていると言っているのだ。そしてそれが「プロの仕事というものである」と顕彰している。
するとその裏では、芸術家は客の注文を聞かないのだからプロではないということになる。妙な理屈だが、顧客の注文に合わせられるかどうかがプロであるかないかの基準として提示しているから、そう解釈せざるを得ない。
大きな対比は次のように示される。「顧客の注文に合わせる器と技が要る▼一方で、八方美人では務まらない職業もある」。対比しているのだから、作曲家と作詞家は顧客の注文に合わせる「八方美人」だということになる。一方で「これがプロの仕事というものである」と称えておきながら、その舌の乾かぬうちに「八方美人」だと暗に言う。
そして最後は「顧客である有権者のことを考える本物のプロは誰かを覚えておきたい」と言う。ここで筆者の主張は反転してしまっている。前半とは正反対のことを言っているのだ。政治家は八方美人では務まらない、換言すれば顧客の注文に合わせていては務まらないとあなた言ったでしょ。なのに「顧客である有権者」のことを考えろとは何よ。それって八方美人になれっていうことでしょ。どうしてここに「顧客」という言葉が出てくるのよ。一体何のための対比だったよ。読むほうは混乱するじゃない。あんたバカじゃない。むしろ、政治家は己の信念を貫く「芸術家」であれ、と言ったほうがよかったんじゃないの!
※ 感情が激してきて一部オネエ言葉になってしまいましたことをお詫び申し上げます。啖呵を切るには、今や老女とオカマしか使わない女言葉、つまり少し前ならオカマ言葉、今で言うオネエ言葉と呼ばれる言葉遣いが威勢があってふさわしい。そういう時代なのであります。
(問2) プロの仕事だと褒め称えている。
(問3) 顧客の注文に合わせる器と技量のある職業人のする仕事のこと。
(問4) 作曲家の古関裕而と作詞家の阿久悠
(問5)
● 「節操のない政治家」
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