超越論的人生論―いかに生くべきかを問う人生論ではなく

人生いかに生きるべきかを問うのではなく、なぜ私の人生が始まっているのかを問う人生論。

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オリジナル論理問題27

『なぜ一流の男の腹は出ていないのか?』(小林一行著 かんき出版)という本があります。この本の題名は「一流の男の腹は出ていない」という命題が前提となっています。ここで問題です。この命題が真理だとすると、外見からその男が一流であるかどうか判断できますか。論理的に説明しなさい。





解答
外見から腹が出ていないことがわかったとしても、その男が一流であるかどうかはわからない。他方、腹が出ていることがわかったとすれば、その男が一流でないと言える。つまり外見から判断できるのはその男が一流でないということだけである。

解説
「一流の男の腹は出ていない」を条件文(AならばBの形式)とみなせば次のようになる。
  
命題: 一流の男ならば腹は出ていない

この命題の「逆」は

逆: 腹が出ていないならばその男は一流である

論理法則により元の命題が真であるならば逆命題は偽である(「AならばBである」が真のとき「BならばAである」は偽)。したがって腹が出ていないからと言ってその男が一流であるとは言えない。一流であるかもしれないしそうではないかもしれない。腹が出ていないことを根拠として一流であるかどうかは判断できないのである。

また元の命題の「対偶」は

対偶: 腹が出ているならば一流の男ではない

元命題が真ならば対偶は真である。したがって、腹が出ているという外見からその男は一流ではないということが判断できる。結局、腹が出ていようがいまいが外見からその男が一流であることは判断できないのである。

設問を作っての感想
ある男が一流であるかどうかを判断するのは高度な判断である(だから通常はその男の経歴や現在の職業や地位などで判断する)。一方、腹が出ているかどうかは見ればだれにでもすぐにわかる。ということは「一流の男は腹が出ていない」という命題はあまり役に立たないのではないか。その逆に「腹が出ていない男は一流である」という命題が真として確立しているならば大変有用な命題になるだろう。





オリジナル論理問題26



あなたは今、拳銃を持った犯人に人質にとられている。
そして次のように犯人から言われたとする。
 
(ア):「動くと引き金を引くよ」
(イ):「動かなければ引き金は引かない」

(ア)と(イ)でどちらの脅迫を怖がるべきだろうか。どちらかを選びその理由を述べよ。なお犯人は非常に論理的であるとする。







解答
(ア)の「動くと引き金を引くよ」を怖がるべきである。動けば必ず撃たれるし、動かなくとも撃たれないという保証はないから。(イ)の場合はとにかく動かなければ撃たれることはない。


解説
(ア)と(イ)ともに条件文である。条件文とは「AならばB」の形式で、Aが成り立っているとき必ずBが成り立つ。 このとき「AでないならBでない」(逆命題)は偽である。それを見抜けるかどうかがこの設問の肝である。

(イ)「動かなければ引き金を引かない」の方は、字句通り、とにかく動かなければ撃たれることはない。では動けばどうなるか? 犯人は撃つかもしれないし撃たないかもしれない。動いた場合については何も言っていない。とにかく動かなければ撃たれない。とりあえずは安心できるだろう。

 他方で(ア)「動くと引き金を引くよ」の場合はどうか。この主張から「動かなければ引き金を引かない」を引き出せるどうか。これは(ア)の「裏命題(AでないならBでない)」であり必ず真とは言えない。動かない場合については何も言っていないのである。つまり撃つかもしれないし撃たないかもしれない。したがって動けば確実に撃たれるし、動かなくともどうなるかわからない。これは怖い。

動かない人がもしこの犯人に撃たれたなら、残った人質は「動かなかったのになぜなんだ」と犯人に文句を言いたくなるだろうが、論理的には犯人が正しいのである。

またこれは論理の問題ではないが、「動くと撃つ」という言葉には犯人には殺すつもりがかなりあると感じられる。他方「動かなければ撃たない」には、できれば撃ちたくはないという犯人の気持が感じ取れないだろうか。このとっさに感じる感覚は論理的な思考によるものではないが、論理的に考えたときの判断と一致する。これは偶然だろうか。


オリジナル論理問題25

次の文はサプリメントの新聞広告のキャッチコピーである。

   A:「元気な人は、コラーゲンを飲んでいる」

これよりも次のようなコピーのほうが直接的で訴求力があると考えらえる。

   B:「コラーゲンを飲んでいる人は、元気である」

しかし、なぜ広告制作者はBではなくAの文言にしたのか推測される理由を述べよ。


解説と解答

まずこの広告の背景には、医薬品ではなく食品であるサプリメントは法律によって効能効果をうたってはならないということがある。このことを押さえたうえでこの設問を論理問題として考えてみよう。

B「コラーゲンを飲んでいる人は、元気である」という文は「AならばB」という条件文とみなせる。この意味は「Aであるならば例外なく必ずBである」ということだ。つまりBは「コラーゲンを飲んでいる人は必ず元気である」と言っている。言い換えれば「コラーゲンを飲めば誰でも必ず元気になる」ということを主張していることになる。これほど強い効果効能の主張があろうか。医薬品でさえも「誰でも必ず」という効能効果はありえない。この文言Bが法律に違反しないはずはない。

それに対してA「元気な人は、コラーゲンを飲んでいる」はどうだろうか。これも条件文とみなせる。これを条件文らしく言い換えれば、「元気である人ならば誰でも必ずコラーゲンを飲んでいる」ということである。これが事実であるかどうかは大いに問題があろう。

しかし薬機法(旧薬事法)には抵触しない。元気な人がコラーゲンを飲もうが飲むまいがこの法律は関知しないからである。よってコラーゲンの広告コピーAは法律に違反しない。しかも、AはうっかりするとAの逆命題、「コラーゲンを飲めば元気になる」(つまりB)と主張しているかのように早合点させてしまう可能性があり、広告としても「効能効果」があるのだ。



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