美しきコノセカイ

他人から言ってもらわなければ嘘にされてしまう言葉が沢山あるからそれに気づいた時は面倒がったり恐れたりせずに言って上げて下さい。

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日本の歴史を紐解く

歴史上の人物が実在し ていたかどうかって気になりませんか?
 
歴史上の人物が実在したか最 終的に複数の独立し た存在情報を比較して 判断します。

 例えば歴史文献の情報 と考古学上の出土品の 情報とが合致するとか ですね。
 
徳川家康に関 しては、彼の家臣が書 いた伝記と、同時代の 別人物(例えば織田信 長)の家臣
 
 が書いた伝 記とが整合するので、 疑いの持ちようがあり ません。
 
仮に誰かが徳 川家康の存在をでっち 上げたとすれば同時代 の
 
 全ての歴史文献を偽 造しなければならず、 不可能なんです。
 
文化とは国家が作り上 げる歴史の累積の貯蓄なのです。
 
話はそれますが、桓武天皇の母 君は半島から渡って きたようです。
 
しかし、百済系の人 間であることを忘れち ゃいけません。

今の韓国人の始祖は新 羅系、百済系はすでに 絶滅してる。

だから、初代天皇は韓国人ではな いんです。
 
前にも書きましたが天皇陛下 との繋がりはありません
ルーツとルートは分けて考える必要があると思います。
 
朝鮮半島はルートであって 、ルーツではないのです。

日本人のルート

人類の誕生がアフリカ 大陸であったとするな らば、全人類はアフリ カ人ということにもな ります。
 
(極論です) が、だれもそんなこと は主張しません。
そもそも今朝鮮半島に いる朝鮮人と、大昔の 朝鮮半島にいた朝鮮人 は別の民族です。

今でいうとこの朝鮮人 は北方からやってきて 、朝鮮半島に元からい た朝鮮人を殺して居つ いてるので、
 
天皇陛下 との繋がりはありませ ん
ルーツとルート は分けて考える必要が あると思います。朝鮮 半島はルートであって 、ルーツではないので す。

物事には良い面悪い面が必ず表裏一体なのだと思うんです。

民放は営利主体ですから、利益を追求するのは自然なことです。

スポンサーがつくよう、視聴率が上がるよう、

いろいろなシナリオでドラマティックに番組を構成しようとします。

しかし、どんなに民放が偏った放送で視聴者を煽っても

心ある冷静な態度で見守る人々もまた大勢いるのも真実です。

鵜呑みにする人たちと、正しいことを判断できる人たちと

世の中には二通りのグループがあります。

自国を精一杯に応援するのはもちろん

すぐれた他国もその努力を認め正当に評価する。

これが正しいあり方です。

どうか偏った放送によって、悲しい敵意や根拠のない不安を植えつけられ

冷静なものの見方を失うことだけはしないでいただきたいのです。

さまざまな報道は鵜呑みにされず、冷静にご自分の心の声を聞いて判断されることで、

ことの動向を静観していただきたいとそう願ってやみません。

思うツボにはまるのは理性的で理知的なわが国の国民性に反しています。

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フィリピンのアローヨの言葉⇒「韓国が羨ましがられる理由  “日本が隣にある”」

フィリピン⇒「私達を奴隷にしていたイギリスを日本が追い出し、独立を約束して、教育と産業を与えてくれました。その後、アメリカに占領されましたが、アメリカは一方的に物を売るだけでした。」

フィリピン⇒「私達は日本統治の長かった韓国や台湾の経済成長をうらやましく思います。」

タイ⇒「日本はアジアの母です。子供を産むために母は体を壊しましたが、子供はきちんと成長しています。」「私達は韓国のような恩知らずではありません。」

韓国はASEANに嫌われています。ASEAN10は全て強い親日派です。

日本はWW2の前も後も、日本国内の成長を犠牲にして韓国に教育と産業を与えました。

それを当然の権利と思わせるため韓国政府は色々と言論統制をしていると、ASEANは思っています。

今から十五年ほど前、アジア各国の軍部代表がマニラに集ったときのことだ。

例によって韓国軍の代表が、延々と戦争当時の日本軍と日本民族と現在の日本企業を罵倒する演説を打った。

列席のアジアの親日家たちは「韓国代表の演説は痛烈無残で聞くに耐えなかった。

だが列席の日本の自衛官はひと言も発しなかった。」 

そこで、列席していたインドネシアのアリ・ムルトブ准将

は韓国の軍人に向かって次のように日本を擁護した。彼はASEAN結成の仕掛け人である。

日本はアジアの光である。大東亜戦争は欧米人にアジア人の勇敢さを示したもので、チンギス・ハーンと

ともにアジア人の誇りである。

ここで、インドネシアの日本民族の価値について申し上げる。

今、忽然として日本民族がこの地球上から消えたら、アジアとアフリカは非常に困る。

その時に韓国が一番困ると思う。韓国は工業大国の日本と競争したから、

立派な工業国になれたので ある。近くに強力な競争相手がいることは素晴らしいことだ。

つまり日本の近くに位置していることは幸運なのだ。経済的支援を連続的に受けているといってよいくらいだ。

インドネシアが日本に近ければ今のような貧弱なインドネシアではない。

つまり、我々インドネシア人は「日本はなにもしてくれなくてもよい。」と考えている。

日本は欧米と肩を並べて進歩しているだけで十分アジア・アフリカに尽くしている。

だから、我々アジア人は外交面に弱い日本を支援したいと思っている。

日本から援助をもらうだけで応援しないのでは運命共同体の一員とは言えないし、

対等のパートナー とも言えないのではないか。

                「日韓2000年の真実」名越二荒之助編著 国際企画より

先の大戦について肯定的に語ることがタブーのような空気に包まれている日本に於いては、

日本人自身のそういった発言はすぐに色眼鏡で見られ、レッテル張りされてしまいます。

そこで外国人の意見を集めてみました。

ダグラス・マッカーサー(アメリカ、日本占領連合軍最高司令官・元帥)

日本の潜在労働者は、量においても質においても、

私がこれまで知っている中の最も立派なものの一つである。

しかし、彼らは労働力はあっても生産の基礎素材を持たない。

日本には蚕のほかに取りたてていうべきものは何もないのだ。

日本人は、もし原材料供給が断たれたら(経済封鎖されたら)

一千万から一千二百万が失業するのではないかと恐れていた。

それ故に、日本が第二次世界大戦に赴いた目的は、そのほとんどが、安全保障のためであった。

(1951年5月3日米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会における発言)

ククリックド・プラモード (タイ国元首相 )

日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。

日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、産まれた子供はすくすくと育っている。

今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。

それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。

十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日

である。我々はこの日を忘れてはならない。」( 十二月八日、現地の新聞「サイアム・ラット紙」において )

ラグ・クリシュナン(インド、大統領)

インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。

それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈もした。

驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。
(昭和44年「日本経済新聞」)

朴 鉄柱(韓国 平成二年一月逝去・六十八歳 、韓日文化研究所 昭和四十二年十月)

ソウルから日本を眺めていると、日本が”心”という字に見える。

北海道、本州、四国、九州と、心という字に並んでいるではないか。

日本は万世一系の御皇室を頂き、歴史に断絶がない。

それに対して韓国は、断絶につぐ断絶の歴史で涙なくしてみることはできない。」

「現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、

そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。

平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。

それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。

最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。”

事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし”というのが、開戦時の心境であった。

それは日本の武士道の発露であった。日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。

それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。

日露戦争と大東亜戦争ーこの二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の独立をもたらした。

この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」

「大東亜戦争で日本は敗れたというが、

敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。

彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。

戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、

というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。

日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、”聖なる戦争”であった。

ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐに回復できたではないか。

二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、

しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。」


絶対的な差別主義。

東洋人は、人では無かった。

この絶対差別主義の世界を塗り替えたのが日本だった。

今でも、ビルマの建国記念日には、日本の「軍艦マーチ」「日本陸軍の歩兵の歌」が流れる。

フィリピンの独立記念のポスターにも、日本軍のポスターが貼られる。

インドのオールドデリー市街のチャンドラ・ボース公園に立つ

インド独立義勇軍(INA)と日本軍人の像がある。

アジア人の自尊心を守ったのは、日本だった。

この場所(日本)は私達が生活する為に先祖代々 守り抜いてきた土地です。

靖国神社は日本のために戦ったすべての魂が帰る場所です。

「自虐史観」に染まった日本では、今尚、「日本の戦争は侵略戦争だった」

と言った主張が大手を振って罷(まか)り通っているのが実情です。 ...


わたしたちは過去を振り返って、自分の歩みを知るのだと思います。

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