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今回は、「地上最凶悪コンビ」のフィギュアです。 初期の全日には多くのタッグチームがいましたが彼ら程強烈なタッグはいなかったと思います。 今回のBGMは悪役といえばこの入場曲『吹けよ風、呼べよ嵐』です。 観客席を練歩いて観客達が逃げ出しての入場なんでしょうね。 まずは、「アラビアの怪人」ザ・シーク 本国アメリカでは尊敬の意味も込めジ・オリジナル・シークとも呼ばれています。 良くフィギュア販売したな〜と思います。 額の傷まで再現されていて良い仕事していますよ。 プロレススーパースター列伝のせいでブッチャーに試合させて良い所で出てきて キャメルクラッチを決めるイメージがありますが、 ハードコア・レスリングのオリジネーターの1人として評価されているように 場外乱闘とかで本領を発揮していたように思います。 後年のFMW等での活躍も凄いものがありましたね。 次は、「黒い呪術師」アブドーラ・ザ・ブッチャー 来日回数は140以上、歴代外国人レスラー最多で昭和世代では知らない人はいないと思います。 衣装が、後年の紅いパンタロンなのが残念…白ならピッタシだったんだけど… 人気の秘訣は、巨体から繰り出す 空手殺法「地獄突き」等の機敏な技と 「凶器攻撃」等によるラフ殺法 大流血や火炎攻撃も忘れられないです。 毒針エルボーは一撃必殺といっても良い見栄えのある技でしたね。 プライベートではとてもケチでファンには優しい憎めない選手ですね。 「地上最凶悪コンビ」でしたが、 1979年12月、『世界最強タッグ決定リーグ戦』最終戦で、 地獄突き誤爆に怒ったザ・シークの火炎攻撃を受け仲間割れ。 シークとは幾多の流血戦を繰り広げました。 ブッチャーからサイン&写真撮ってもらったんですがもう10年前位の物なので 倉庫整理して出すの大変で割愛です。 しかし、そのサインにも思い出がありそれはそれで一つの記事にしようかと思います。 ↓ここにある文字をクリックしてくれたら凄く嬉しいです。ご協力お願いします。 |
プロ格系
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男のロマンは格闘にあり!
というプロレス&格闘技関係の書庫です。
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ニックネームがマッチョマンの名で親しまれていた米プロレスラーで、映画『スパイダーマン』にも出演したランディ・サベージさん(本名:ランドル・ポッフォ)が交通事故で死去した。58歳だった。 ハイウェイパトロールのスポークスマンがTMZに語ったところによると、 2009年モデルのジープ・ラングラーでフロリダのハイウェイを運転中だった ランディさんは、心臓発作を起こしたらしく車両のコントロール不能に陥り、 中央分離帯を飛び出し、反対側の道路脇の木に正面衝突したという。 すぐに 病院に搬送されたものの現地時間20日、息を引きとったという。 車には妻のリン ・ペインさんが同乗していたが軽傷だった。 ランディさんとリンさんはシートベルトは着用しており、アルコールも検出されなかった。詳細な事故の原因は現在 調査中だ。と記事がありました。 ランディさんはアメリカマット界のスター・レスラーだった。 特に印象に強いのは、最近フィギュアも販売されたWWF時代です。 1985年妻のエリザベスをマネージャーにWWFに登場。 " Oooh Yeah!!" を決め台詞にトップ・ヒールとして頭角を現し、 翌1986年2月8日にはティト・サンタナからインターコンチネンタル王座(以下IC王座)を奪取した。 1987年3月29日にミシガン州で開催されたレッスルマニアIIIでは、リッキー・スティムボートと歴史に残るIC王座戦を展開。この試合でIC王座から転落するとベビーフェイスに転向し、エリザベスとの二人三脚で人気をさらに高める。 1988年3月27日にニュージャージー州アトランティックシティで開催されたレッスルマニアIVのWWF世界王者決定トーナメントでは、俳優活動も始めたハルク・ホーガンを抑えメインイベントに抜擢された。ホーガンとエリザベスのサポートもあり、決勝でテッド・デビアスを破りWWF世界王座を獲得、名実共にWWFのトップスターまで登りつめました。 1989年4月2日のレッスルマニアVでホーガンに敗れ、WWE世界王座とエリザベスを同時に失う。 その後はエリザベスに代わる新しい女性マネージャーとしてセンセーショナル・シェリーを帯同し、 再びヒールに戻ってホーガンとの抗争を継続させる。 キングを名乗っていたジム・ドゥガンを破ったことでリングネームもマッチョマンから 「マッチョ・キング」に変更し、1990年代からはダスティ・ローデスや アルティメット・ウォリアーとの抗争に入った。 1991年3月24日のレッスルマニアVIIでは、アルティメット・ウォリアーとの敗者引退マッチにて30分以上の死闘を繰り広げるも敗退。試合後、敗北をマネージャーのシェリーに責められ攻撃される。 そのとき客席からエリザベスが救出に駆けつけ、2人は復縁することになる。 その後は再びベビーフェイスとなり、リングネームをマッチョマンに戻すと、 同年8月26日にマディソン・スクエア・ガーデンで行われたサマースラム1991にて エリザベスと結婚式を挙げた。 (注:実際には2人は1984年に結婚しているが、ストーリー上では恋人同士の関係ということになっていた) 日本での活躍は、1990年のWWF・全日本・新日本の3団体合同で開催された東京ドームにおける「日米レスリングサミット」で初来日。 サベージは天龍源一郎と対戦。典型的なアメリカンプロレスのショーマンレスラー(と思われていた)のサベージと、 無骨なタイプの天龍の試合はミスマッチかと思われたが、互いの持ち味が存分に引き出された好勝負となり、サベージの日本での評価を大きく高めた試合でした。 天龍とは、彼がのちに移籍したSWSとWWFが提携していたため、SWSマットでも対戦している。また、同マット上でタッグも結成した。 WCWに移籍後は、WCWと提携関係にあった新日本の大会に数回、来日している。 特撮作品では、サム・ライミ監督の映画『スパイダーマン』にプロレスラーのボンソウマグロー役として出演し、スパイダーマンことトビー・マグワイア と試合をしている。 かつての盟友ハルク・ホーガンは彼の死に対して 「彼の死に衝撃を受けています。彼は不屈の人でした。彼がいなくなってとてもさびしい」 とツイートしています。 今回のBGMは、WWF時代のサベージの入場曲「威風堂々」です。 マッチョマン ランディ・サベージ選手 謹んでご冥福をお祈りします。 ↓ここにある3つの文字をクリックしてくれたら凄く嬉しいです。ご協力お願いします。 |
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東北地方を襲った前代未聞の地震から2カ月以上経ちました。 しかし、いつまでも暗い気持じゃ駄目です。明るく眩しく復活しましょう。 今回は、前回の記事で営業に行った所の県庁所在地付近まで行って スカウトしてきた新戦力です。 いや〜プロレス系安いな〜と思って購入してきました。 さらに一回5百円のガチャ(当たりが出ると割引券が出る)が当たったので結果的に大漁でした。 勿論、選手全員言えますよね(笑) ※木戸さんも購入しようか悩んだんですよね。22歳の考えでは無いよ…と自分でも思います(笑) 特撮ですと、マシンが2台、ライダー2体、ソフビ1体という結果でした。 魅力的な商品はあったのですがお高くて比較的安いと思った所だけ買ってきたので 特撮系はこれだけです。 彼らのおかげで気分がハイになって長距離の運転頑張りました。玩具の力は凄い! あの県は日帰り営業は絶対キツイよ、 あの県に営業行く時は一泊覚悟で行く覚悟で行かないと移動きついです。 あの県の人が言う「ここから近いは」、1〜2時間ですからね(笑)凄すぎですよあの県は(笑) 今回のBGMは、今回購入した品の中でも特に気に入っている 世界の荒鷲 坂口征二選手の入場曲で「燃えよ荒鷲」です。 藤波の「マッチョドラゴン(歌あり)」か鶴田「ローリングドリーマー(歌あり)」、 橋本「青春ハリケーン」とかも面白そうですがプロレスファンしか解らなさそうなので… 「燃えよ荒鷲」の方がマニアックという事は流石に無いでしょう? ↓ここにある3つの文字をクリックしてくれたら凄く嬉しいです。ご協力お願いします。 |
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前回は、『鎧甲勇士』というマニアックすぎるネタにしてしまったので… 今回は、超メジャー級のネタで行きます。 「千の顔を持つ男」「仮面貴族」ミル・マスカラスです。 (プロ格ネタですがメジャー級でしょう。) 日本での戦歴は 初来日1971年2月の日本プロレス。1970年代後半から1980年代前半にかけて、 ドス・カラスとの兄弟コンビでの来日は全日本プロレスの「夏の風物詩」だった。 日本マットではアントニオ猪木、ジャンボ鶴田、ザ・デストロイヤーらと名勝負を演じた。 1977年8月に鶴田のUNヘビー級王座に挑戦した試合ではプロレス大賞の年間最高試合賞を受賞しました。 この田園コロシアムでの一戦はかなりソフト化されていて知られている試合だと思うので割愛します。 1980年9月12日には、全日本のリングでハーリー・レイスのNWA世界ヘビー級王座に挑戦している。 他にも、世界最強タッグや三沢タイガーとの一戦も空中殺法のみならずねちっこい「ジャベ」(関節技) が見れて思い入れのある試合です。 アメリカマット界での活躍の中で注目すべき所は、 マディソン・スクエア・ガーデンにおける「覆面レスラーはマスクを脱いで素顔で出場しなければならない」という理不尽な決まりがあった当時、 1972年12月18日に素顔のザ・スポイラーとの対戦し破り、初めて覆面を被ったままMSGに登場した人物です。 レイ・ミステリオ等が活躍する現代では考えられない理不尽な決まりがあったんですね。 マスカラスがMSGの歴史を変えたと言っても過言じゃないですね。 あの本当の事が書いているのか!という迷作 「プロレススーパースター列伝」にも取り上げられている事から 人気の高さは一目瞭然でしょう。 マスカラスのサインは大事にメイン書庫の前に飾っています。家宝です。 今回のBGMは、ジグソーの「スカイ・ハイ」です。 ここにある3つの文字をクリックしてくれたら凄く嬉しいです。ご協力お願いします。 |
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ヤフーニュースでショックなニュースがありました。
みちのくプロレスは21日、同団体でデビューし、
現在はフリーとして活躍していたプロレスラー・愚乱浪花こと
木村吉公さんが、10月6日に心筋梗塞のため33歳で死去したと発表した。遺族の意向もあり、通夜、葬儀はすでに済まされ、18日の四十九日法要までは発表を控えていた。
木村さんは、1992年にユニバーサルプロレスに練習生として入団。 その後、みちのくプロレスに移籍し、93年3月に本名でデビュー。
同年6月より大阪のかに道楽をモチーフにしたマスクマン、愚乱浪花として活躍した。
みちのくプロレス以外にも新日本プロレスや全日本プロレス、KAIENTA−DOJOなどにも参戦し、日本のジュニア・ヘビー級選手として活躍。 ファンに愛されるレスラーとして日本プロレス界の歴史に名前を刻む戦いを繰り広げた。
なお、みちのくプロレスでは12.16後楽園ホール大会、 KAIENTA−DOJOでは12.25後楽園ホール大会、
沖縄プロレスでは11.21デルフィンアリーナ国際通り大会にて
献花台を設け、追悼の10カウントゴングを行う予定だ。
東北に住む俺としては、みちプロでの活躍やGAORAで
全日等のプロレス団体の中継での活躍を見ていたので
本当にショックでした。
インディー黄金期を支えた名選手でまだ若いだけに残念です。
謹んでご冥福をお祈りします。
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