|
こんばんは。本日もはじまりました。 不定期でgdgdな特撮ブログWhite Crow(Road to 特撮王?)です。 今回のBGMは、海上自衛隊横須賀音楽隊の演奏による 『[吹奏楽] 銀河鉄道999・宇宙戦艦ヤマト』です。 日曜日は山形市内も雪が積もる程寒かったですが 国民の義務である選挙に朝九時に行き 自民が圧勝、次世代は野党勢力(特に共産)に妨害されるだろうと思ったら 京都市伏見区でやらかしましたね。京都市伏見区は在日キムチ臭いんですよきっと さて、京都市伏見区は反日チョソ母国へ帰りたくても韓国籍が無い無国籍人が多く なのに彼らは何故か自分の国籍が無い韓国loveで 日本人が虐めると息を吐くように嘘を言うナマポで税金泥棒の屑が生息している という話はサラッと置いておきまして… 選挙後高速に乗り雪の山形市〜蔵王を越えて 雪が降っていない宮城県に進軍 仙台市藤崎デパートで松本零士秘蔵コレクション展を見に行きました。 特製ポストカートも貰えますので、お近くの方は是非 会場は、思ったより広く展示内容も中々見応えがありました。 先生の私物や漫画の原稿からアニメ作品のセル画、水彩画に油絵、模型と バラエティに富んでいました。 先生の絵は、水彩も油彩も色使いが綺麗でしたし 宇宙のダイナミックな表現とメカの緻密な描写を見て石ノ森先生と 同世代の作家は凄いと思いましたね。 まだ始まったばかりなので展示している絵については詳しくは話しません。 是非、現地で楽しんで下さい。 エメラルダスの表紙が今回の展の画集です。 画集に入ってない絵もカレンダー二種類に収録されていたので購入 さらに収録されていない絵のポストカード購入 強力な10万クラスの値段設定の先生の色紙はとても無理なので 色紙の絵が書かれているメモ用紙を買いました。 色々と自分の為のお土産を買って次は石巻に向かったのですが 途中で利府方面で気になる電車を発見 懐かしい電車が展示されています。 銀河鉄道ではありませんがSLも三両程ありましたし 先代の「こまち」の姿も見ました。 石巻に到着したら萬画館の近くにかき小屋を発見 牡鹿半島産の牡蠣とサービスで各種貝が入った味噌汁を食べました。 網で焼いた牡蠣は最高でした。 牡蠣汁も美味しいですしお好みでぽん酢と醤油をかけて食べる事も出来て最高でした。 牡蠣の旬は11月ですがまだまだ牡蠣は美味しかったので 皆さんも是非とも石巻にきたら食べて下さい。 色々と芸能人の方も来ているんですね。 自分が館内に入る頃にカラクリ時計が降りてきました。 やっぱりこれは見ておかないといけません。 さらに昼飯として、この日のオススメだった「牛タンカレー」と 「ドライカレー」を食べました。何方もスパイシーで美味しかったです。 後は、カレーパスタとカレーうどんを残すのみです(笑) 特別展示は「石巻復興グルメ展」を開催中 石巻の食材についての説明や 飲食店の紹介 石ノ森先生縁のある作家さんから有名な若い作家さんの応援色紙も展示されています。 最新巻のマンガッタン六巻では麻宮騎亜先生の作品も収録 ようつべで配信されている「メビウス・リング・ユニバース」 105回では前回のふるさと記念館でのイベントの事が話されていましたよ。 未視聴の方は是非とも聞いてみてはいかかでしょうか。 最後は、登米市に向かい石ノ森章太郎ふるさと記念館に行き 麻宮騎亜先生の絵を堪能〜 日が暮れそうになる中、 雪が積もっている山形市に戻りました。 趣味に走った日曜日になりました(笑) 山形に戻って選挙結果を見ていて思ったのは、 赤旗テロリスト共産党が不正をして議席を増やしたんだなという感じですね。 案の定、京都で不正が発覚しましたので共産党は解散すべきでしょう。 俺が政治を語る理由の一つに馬鹿な若者が政治を理解できていない事があります。 投票率が物語っていたでしょう。興味を持たない頭空っぽの魂が無い日本人が多すぎです。 次世代の日本の事を考えれば赤ショッカーを倒す事は必要な行為です。 このままでは、日本はGHQの愚民化政策のままに頭空っぽのバカものだらけになります。 |
外出先イベント系
[ リスト | 詳細 ]
外出先や旅行先で見たり参加したイベント等についての記事になります。
|
おはようございます。本日もはじまりました。 不定期でgdgdな特撮ブログWhite Crow(Road to 特撮王?)です。 今回の記事は一週間前の11/30に登米・石巻方面に行った内容となります。 今回のBGMは、麻宮作品の中から『永遠という場所』を選曲しました。 コレクターユイを知らないR25世代はいないと思います。 山形から朝7時頃出発で朝9時20分頃に到着 本日のお目当ては↑の看板にあるトークショー&サイン会です。 朝のふるさと記念館には野良猫ちゃんもいました。 展示は後日詳しくしようと思いますが 一応上の写真のような入口と撮影コーナーもあります。 会場は朝からもう出来上がっているスタイルでした。 荷物だけ置いて席を陣取る馬鹿者もいなくて良かったです。 時間がかなりあったのでふるさと記念館の周りをブラブラしました。 もっと早く行動していれば石巻にε=┌(;・∀・)┘イッテミヨ!!が出来たのですがね(笑) 石森の小道 「佐武と市捕物控」の着想を得たとも言われ、
土塀などが残っています。
佐武と市は、キッ○ステーションで小学校の頃に見てましたよ。次に向かったのが「伊勢岡神明社」 先生の子供の頃の遊び場の一つで 石ノ森先生と親交のあった漫画家さんが過去に絵馬を奉納した事もあるそうです。 石ノ森先生の出身校「石森小学校」 二宮金次郎像もあるんですね。 「石森小学校」の裏山にある「石大神社」。 先生の子供時代の遊び場の一つであり、 「龍神沼」のモデルとなった神社の一つとの事でした。 石巻の石ノ森萬画館では「龍神沼」のアニメも見れますよ。 最後は水鳥に導かれるように V3の像がある前田公園に行きました。 ちなみにこの日行った証拠に今回の麻宮先生の企画展画集と一緒に撮影 ふるさと記念館まで戻り(この間の移動は当然徒歩です) 座席に座り時間まで待機 時間になり麻宮騎亜先生と大木加絵さんが登場 最初の挨拶でおはようこざいます。といい会場爆笑 業界人の癖でしてと説明していました(笑) 大木さんは声優兼麻宮先生のマネージャーもしているそうで 展示品の入れ替えも手伝いしているとの事でした。 展示品を入れ替えの時に夜になると徐々に室内の温度が変わっていくのが解ったと話してくれました。 去年来た時は、東北は晴れだったのに東京に戻ると雪で大変だったと麻宮先生が話してくれました。 展示品の話になり名古屋で行われたサイレントメビウス展の2/3程度展示品も追加された事や 去年、秋葉原でゾディアーツ展した時は東映さんの善意で ヴァルゴゾディアーツのスーツを借りれたそうですが同時期のフォーゼショーで ヴァルゴゾディアーツが登場しない所があったそうです(笑) 次回は、日韓合作の特撮作品GUNBLADE関連の展示も初公開するそうです。 スーツの制作はJAP工房、パイロットフィルムには字幕を付けますとの事でした。 トークが盛り上がる中、タイミングが中々掴めなかったと言いながら 佐瀬弥咲さんも登場 役名がある役は多分初めてとの事で カレラのドラマCDがほぼデビュー作という話をしてくれました。 麻宮先生からは黒歴史と言わないでよとツッコミがありました。 麻宮さんはサイレントメビウスがデビュー作と思ってくださいといい会場を笑わせてくれました。 ここで一曲「ZERO ANGEL -蒼い翼-」を佐瀬さんが歌ってくれました。 以前はラジオに出させてもらっていたが今はさらに若い娘がやっていて 佐瀬さん達が久々にゲストで出ると若い娘達がしゃべらなって どっちがレギュラーだか解らなかったよと麻宮先生は冗談を言ってくれました。 ※それとも、冗談では無く体験談だったのでしょうか(汗) そのラジオというのがNETラジオ「メビウス・リング・ユニバース」で 先日100回を越えて、次回は104回という事でした麻宮ファンは必聴すべし! ※103回の中では変身忍者嵐の話が少しありましたよ。 先生の仕事が多くて麻宮先生がもう一人いるのでは説が流れる位だと 先生自身が笑っていました。 大木さんも「秘書の部屋」というコーナーがあるという事も話ししてくれました。 とラジオの話が色々とあり もう一人そろそろ呼びましょうという事になり 吉成由貴さんが登場、もう呼ばれないかと思った〜との事でした。 「おはよしなり〜」シーン、パチパチパチという流れでした。まぁ解って下さい。 カレラのドラマCDを持っての登場でフルカラー32Pで音にも拘っている事を説明してくれました。 麻宮先生はサイレンの音で救急車が来たかと思ったそうです(笑) ドラマCDの製作が2年半掛かったそうで、佐瀬さんの声が初々しかったという事や 最初の時は、声が小さかったという事を麻宮さんが話しました。 大木さんは念願の女子高生役だったらしいですが、松井 菜桜子さんから 大人な悪女っぽい感じでと言われて戸惑ったそうですが、 実際は「悪の女幹部」みたいな感じでと伝えたくて 何回も「悪くないな〜悪くないな〜」と駄目出しされたそうです。 桑島法子さんからは「もう出たんですね。」と言われたそうですが 実際は連絡ミスでマネージャーから発売後に渡されたので前に出ている物だと思っていての 話だったと麻宮さんが話してくれました。 佐瀬さんは、ドラマCDって製作するのは長いんだな〜と思っていたそうですが 普通は2ヶ月だよと大木さんがツッコミしていました。 拘っていたから仕方ないんだと麻宮先生は誤魔化していました(笑) 涙と汗とお金の結晶と言って会場を笑わせてくれました。 石ノ森先生は漫画家以外の事は全てやっていて さだまさしさんの結婚式で、漫画家の石ノ森章太郎先生ですと言われ登壇すると 「今回だけは、作詞家石ノ森章太郎として話をさせて欲しいと」と言ったエピソードを語ってくれました。 自分はイベントMC・イラストレーター・アニメ(ヤマト2199)・ラジオパーソナリティーで たまに漫画家やっていますと言って笑わせていました。 今回のCDの話になり最初はラジオドラマだったらしく、CDには収録されていないので 興味ある方はハラショーさんで聞いてくださいとの事でした。 今回のCDの曲の作詞は曲が先だったらしく初めての事で難しかったそうです。 さらに「大阪JK節」という曲を冗談で作詞して 大木さんは歌うと思い歌詞を覚え、 吉成さんは冗談と解っていたらしく覚えなかったそうです。 しかし、作曲を担当したザ☆カインズの貴日ワタリさんも 冗談と思わず曲をつけたそうです。 次回連れてくる、「パラぷリュイ」という声優ユニットの(たまきよ)こと福井清香ちゃんが 大阪出身なので提供しようと思っていますと話していると 先生が歌うんじゃないですか!と大木さんにツッコミ入れられていました。 作詞の中に「B面に書いて、A面で恋をして JK節は〜」という所があるが 最近の若い子はB面を知らないという話や 構成・編集・ネットにupを担当する大沼さんが多忙のために曜日感覚が無くなり Upし忘れるという事件があった事を話してくれました。 登米市は本日は寒くなくて良かった。 吉成さんが雨女を通り越して嵐を前日よんだお陰で本日は晴れたという話があったりして 名古屋でのlive以来二回目となる 「時と星のジュブナイル」を歌ってくれました。 石ノ森章太郎記念館で音響機器をセッティングしての歌のイベントは 今回が初という事や歌終了後に麻宮先生は、 上に飾ってある石ノ森先生の顔が笑顔で見守ってくれているようで 生前にお見せしたかったと話してくれました。 告知では、ラジオやブログの事を話してくれました。 ここでメビウスリンクユニバースのラジオに麻宮先生が第一放送になる日に 車がパンクする事故がありディーラーに行ったりしたら間に合わず 収録現場に着いたら大沼さんが帰る準備をしていて第0回になったと話してくれました。 ちなみに第0回は最低な内容だそうです(笑) ここまでのドライバーも自分でしているからと話すと 大木さんが駄目マネージャーっぷりをアピールしないで下さいとツッコミして 最後まで笑わせてくれました。 トークショー終了後はサイン会もあり 吉成さんと山形の酒 十四代の話をしましたよ。 もう少し容易に入手出来ればね〜(苦笑) サイン会終了後さらにグッズ購入者はグッズにもサインして貰いました。 サイン会中も色々と話されていて初めてのサイン会は仙台だったらしいのですが 東北出身の漫画家と垂れ幕に書かれたり、当時は15人程しか集まらず 10分位でサイン会が終わってしまったそうです(笑) 自分は↓の画集達にサインを頂きました。 自分は「小学校の頃に山形市でもサイレントメビウス放送していてコレクターユイと応援してゾディアーツのデザインを麻宮先生がすると知った時に繋がったと思いました。凄く嬉しかったです。」 と話ししたら笑ってくれて 「コレクター・ユイのソフト化の予定はどうですか」と聞きますと あれはDVDは出ていなくて過去にVHSが出ただけLDも出ていないね と話してくれたので「VHS全巻持っていますよ」と話しますと チャンネルNECOで放送していますよと話をして下さり チャンネルNECOは(マニアックな作品も放送して)凄いですよねと話しました。 四冊分サインして貰ったので上記のような会話が出来ました。 麻宮先生この日は、かなりグッズ販売で儲かったと思いますよ(笑) 最後は、最後まで残ったファンと記念撮影しましたが… ネットにupされた写真がピン呆けしていました(残念) それとも業とボカシをいれたのでしょうか(誰もR指定の顔はいなかったはずですがw) 後、ウォーリーのようにSDPを探さないで下さい(笑) その後に夕方になってもいる野良猫の撮影をして 行ってきましたよ石巻へ 11月中は萬画館は午後6時まで営業時間なのでトークショー終了後でも間に合いました。 現在は「石巻復興グルメ展」という企画展で石巻の食材についての説明や 美味しそうな飲食店の紹介、有名漫画家先生の応援色紙も飾られています。 常設展示ではライダードライブのマスクが展示増えていましたね。 夕飯は石巻のお店にしようかとも悩んだのですが カレー祭りのカレーを食べました。 最初に食べたのはココナッツカレーです。 ココナッツの香りが強いですが辛味もきいていて調和している印象でした。 もう一つ食べたのがカレーセットです。 このカレーは絶品でナンにもライスにもとてもあいました。 次は、ドライカレーや牛タンカレーも食べたいです。ってワシはキレンジャーか! 爆報や極上空間についてはいずれ記事にしますから待っていて下さい。 やはり萬画館に敬意を持っている人間はコレを見ないとね。 震災後に初めて動いた時は鳥肌ものでしたから… 受付の横のガラスケースにはテディベアの海斗とミャーガノイドがいました。 マンガッタンVol.5も買いました。 倉田先生や土山先生といった横手市増田まんが美術館でお会いした先生や うえやまとち先生の作品があるのは嬉しいですね。 世代的に「味いちもんめ」はドラマ、「クッキングパパ」はアニメを幼稚園の頃に見てました。 では、皆さん次回のイベントで石ノ森章太郎ふるさと記念館でお会いしましょう。 俺の正体を見破ったら僕(SDPの中の人)と握手だ(笑) 毎日ヘンタイ新聞・倉重篤郎の質問に安倍総理が「椿事件」で斬り返しは傑作でしたね。
倉重篤郎は、昨年7月の「参院選党首討論」においても、 安倍首相に対して、「第二次世界大戦で、日本が朝鮮半島を植民地化したのかどうか?」という馬鹿丸出し(朝鮮人丸出し?)の質問をしてやらかしていた! こんな記者がいる日本のマスゴミは治療が必要ですまずは 朝鮮とズブズブな電通からでしょうかね。 |
|
さて、こんばんは、今夜もはじまりました。 不定期でグダグダな特撮ブログWhite Crow(Road to 特撮王?)です。 前回の続きで、横手市増田まんが美術館の秋の特別企画展 「アジア国際マンガ展」の中で行われたイベント アジアマンガフェスの二日目の模様を記事にします。 前回記事にした横手市大森出身のきくち先生の昔話で お話とアコギの演奏を2時間聞いている途中で 外からカレーの匂いがして土山先生頑張っているなぁ〜 という話しにもなったので 土山先生のカレーを昼ご飯に食べました。 先生自ら盛り付けして下さいました。 鳥と豚から選べたのですが豚を食べました。 具も盛り沢山で深みのあるスパイシーな味で200円で食べれてとても幸せでしたよ。 もう一杯食べたい衝動を抑えつつ向かったのは村枝先生の仕事場です。 丁度、大曲駅の場面を書いていました。 最終的には、村枝先生の漫画のキャラクター達が 増田まんが美術館に集合する作品みたいでしたよ 机の上にネームがありましたので間違いないです。 仕事場には色々な作品の原稿の展示もしてくれていました。 あぁライダースピリッツですよ〜 原稿が一段落するとファンと話して下さい。 俺は、ネイガーのイベントが前日に仁賀保であった事や 久慈公演の時に村枝先生のサイン入りの色紙が入っていた事への御礼も言いました。 久慈公演の時の色紙は全部で400枚あってサインするのキツかったと言っていました(笑) 家に帰って気がついたのですが、 以前、石巻のイベントでお会いして丁度一年だったんですね。 25歳になると一年も短く感じるんですね… 十代の頃に一年って長いと思っていたのが懐かしい… おおひなた先生やビッグ先生達の似顔絵コーナーは休憩中だったみたいなので 有馬先生の仕事場を見に行きました。 PC上で描かれていくキャラや色つけに凄いと思いましたが 展示されているレイアウトも凄いと思いました。 まんが美術館の至る所で漫画家の先生とお話出来たり仕事の技術を見る事が出来ました。 その後はサミットが行われてアジアの漫画家さんと秋田県の漫画家さんとの 意見交換会がありました。 司会は、倉田先生がつとめてくれまして 香港や台湾、韓国、マレーシア、中国の先生方が影響を受けた日本のマンガはという話では 愛と誠や巨人の星、釣りキチ三平、あしたのジョー、キャンディ・キャンディ 若い作家さんだと、ドラゴンボール、スラムダンク、ドクタースランプ、パトレイバー ベルサイユの薔薇、ドラえもん、幽遊白書 と言った作品が挙げられていました。 それぞれの国の漫画事情では、マレーシアでは日本の漫画を子供が読んではいけないとされていたと言った事や中国や韓国では海賊版が出回っていて作者の名前が書いていなく自国の人間が書いていると思っていたら日本の作家さんだった等の事が話になりました。 アジアの作家さんは殆どの人がPCで漫画を書いていて (中にペンで書く人もいますが色つけはPCでだそうです) 日本の作家さんの緻密な芸術品のような手書きや水彩の色塗り技には皆さん感動されたようでした。 そのような日本の宝とも言える漫画の原稿が毎日見れる増田まんが美術館は素晴らしいという事や 新幹線はコンセントもついていて揺れも少なくPCでの仕事も楽に出来て素晴らしいとすうような事も挙げられました(笑) アジアの国の人間が国境や政治に関係する事なく日本に好感を持ってくれて 日本のサブカルについて話が出来る素晴らしいイベントでした。 その後は、倉田先生以外の漫画さんが参加してのサイン会がありました。 サイン会には、アジア国際マンガ展で入場すると貰える図録が必要でしたよ。 500円の入場料で立派な図録がタダで貰えるのは太っ腹ですね。 香港や台湾、韓国、マレーシア、中国の先生方の作品が見れるのは勿論 図録には紹介されていない日本人作家先生の原稿もあるので是非、現地で堪能して下さい。 ビッグ先生の所でカメラが電池切れました((´;ω;`)) サイン会では、矢口先生の所で名前を書く為に後半の先生方は空いているので サインと一緒に絵を書いて下さいました。 所が、今度は絵を書く事により詰まってきて 村枝先生はやっべ詰まってきた(汗) おおひなた先生は、サイン会でこんなにスリリングな物だっけ 有馬先生が、この数の漫画家か一度にサイン会する事自体珍しいから(苦笑) という話になっていました。 筆でサインする為、最後だったきくち先生に、「今日、一日とても楽しかったです」 と話ししますと「是非、またお会いしましょう」という言葉を頂きました。 とても漫画家さん達と近い距離でお話できてとても貴重な体験が出来るイベントでした。 帰りに道の駅おがちにお土産を買う為に寄り道すると、 この日にシャミゼリオンなるローカルヒーローの演奏があったみたいでした(苦笑) 一日目(10/25)と二日目(10/26)といい、 ネイガーとまんが館という秋田県の楽しみをとことん味わえた週末でした。 中核派全学連の京大生は退学と更生プログラムを受けさせて左翼思想から愛国思想になって貰うしか無いと思います。 学生運動なんて枝野革マルですか 次の選挙では、民主や共産、社民、維新、公明等の売国政党では無く 一番まともな政策の次世代の党に入れるべきですね。 全7回にもわたった国民文化祭・あきた2014の記事ご愛読ありがとうございました。 |
|
さて、こんばんは、今夜もはじまりました。 不定期でグダグダな特撮ブログWhite Crow(Road to 特撮王?)です。 前回の第五夜まではにかほ市での事を書きましたが 今回は、横手市増田まんが美術館の秋の特別企画展 「アジア国際マンガ展」の中で行われたイベント アジアマンガフェスの二日目の模様を記事にします。 この日色々な漫画家先生とお会いできるイベントがあり 午前中は、漫画家先生の昔語りという企画があり 皆は矢口先生や高橋先生を選択したみたいですが 自分は今までお会いした事が無いきくち先生に興味があり選ばせて頂きました。 整理番号一番ゲット! 時間になり、きくち正太先生の昔語りが始まりました。 参加者は自分も含めて10人いなく逆にラッキーでした。 だってその分、先生を独占して話が聞けるのですから(笑) 開始直前には、きくち先生の直筆での肩書き?が貼られていました(笑) 最初は、自分は矢口先生や高橋先生より若くてトークだけだと厳しいからと ギターの練習(禁じられた遊び)をしてからのスタートでした。 禁じられた遊びは、往年の名画の曲ですローゼンではありまへんよ。 現在Wedで掲載している漫画についての話から 皆さんは、秋田県の人ですよね。 という話ににり、自分は山形県からという話すと 山形の何処からと聞かれて 山形市で文翔館の近くですと話しますと 山形といえば「芋煮」が立派でしょう。 秋田の「芋子汁」は具が少なくて…と冗談を言ってくれたり 結婚式とかで山形県には行った事があります。 昔、上野にある酒屋さんのカウンターで編集者の方と打合せしていたら 隣の方が方言全開の山形県新城市の人でつられて方言が出てしまった 酒が進み、同じ東北出身という事で話になり三千円渡されて これで新庄市を漫画に出してくれと言われた事があるとも話して下さいました。 隣の県同士だからなまっても(方言を言っても)いいね。という事で開始、 私は漫画家の命と言われる右手を三回怪我していますと生い立ちを語ってくれました。 最初は、秋田県大森の田舎で生まれた幼少期、3人兄弟の末っ子で やんちゃな次男にプロレス技の実験体にされチャンピオン太のハンマー投げをされて 脱臼、母親が片道4キロおんぶして接骨院につれていき治ったと思ったら また次男が同じことをして再び脱臼、またおんぶして貰い接骨院ではめて貰い 一日に合計16キロ母親が幼少の自分をおぶってくれた事 流石に三回目をしようとしたら母親が次男を怒ったらしいです(笑) 次は、小学校5〜6年の頃に公民館のトランポリンから落っこちて骨折で二回目 公民館に近所のお兄さんからギターを借りて持ってくる奴がいて 見よう見まねで練習していたらそいつより上手くなってしまった(笑) しかし小学時代は自慢できなかった。 中学一年になり普通に部活に入っていたある日、 部活終わりにバスケ部に五人に呼ばれて 何も悪い事してないから喧嘩では無いなと恐る恐るついて行くと ギター弾けるんだってと言われどうやらバスケ部の人は ギターを習いたかったようで 井上陽水、かぐや姫、吉田拓郎、トドメにベンチャーズを弾いたら 後は、ギターの先生と生徒という関係が出来て中学は快適だったらしいです。 横手高校になると軽音楽部に入ると上手い人がいるもので 次第にプロになりたいと思うようになり大学に進むと上京を決めたそうです。 ここでギターを弾いてくれまして曲は荒井由実の「あの日に帰りたい」でした。 上京するとプロミュージャンを目指して音研に入り スタジオに行ったりしていて 後に梅沢富美男劇団でギターをする先輩と出会ったそうです。 後にこの先輩が梅沢富美男劇団が解散になった時に声をかけてくれて きくち先生も参加したCDが近日販売するそうです。 ※最後の方にCDの画像載せています。 結局、中退して結果的に漫画家になり学費は返しているつもりとの事でした(笑) 中退後はパブやバー、クラブでバンドをしていたが とあるバイト先でガラスに腕を突込み三回目の大怪我 右手の正中神経を怪我して未だに後遺症があるそうです。 なので禁じられた遊びとかを引くのが難しいそうです。 プロミュージシャンになれないというどん底で帰郷 大曲の仙北病院に入院してリハビリの一環で絵を書いていたら ミュージシャンは無理でもイラストレーターはなれるかなと思ったが 年齢がそこそこいっていて、漫画家ならなれると思い 親には、やり残した事があり整理するといって再び上京 漫画家は自身がなければ出来無いと言っていました。 三ヶ月かかりやと一本作品を書き 自分の出身地と同じだからと秋田書店に持ち込んで 編集者に下手くそだな!と言われたそうです。 他の所に持ち込んでも上手だという人は一人もいなかったそうで 色んな所で言われた意見を参考に書いたそうです。 ここで重要なのは言われた事だけ直すのは見込みがが無い 言われた事以上に治す+αが出来れば見込みがあると判断されるそうで そこに偶然ハマる事が出来たという事でした。 自分は1〜2年でデビュー出来たが その間に300枚は書いて密度を高めたそうです。 これは経験した者にしか解らないステップアップの基準らしいですが 最初に原稿を持ち込むと大抵はロビー 次は喫茶店で見てくれて、次のステップは食事を誘われ 最終的に酒の席に誘われればデビュー直前という事でした。 そして遂にはた初連載の時は、 秋田書店の編集部で編集と編集長に合い 5分程作品を見られて、週間連載出来るかと言われたそうです。 ここで断ったら今までが水の泡と「ハイ、出来ます」と返事したはイイが 心構えがなっていなかった為アシスタントは知人にお願いして ほぼ素人集団での週間連載開始 ここで、エリック・クラプトン「チェンジ・ザ・ワールド」を弾いてくれました。 最初はカラーページもあり書き始めてから完成まで一ヶ月かかったそうです。 この時は準備期間とまだ締切に余裕があったから良かったそうですが 普通に生活していると20ページ書くのに20日かかるという事で こうなると生活時間を切り詰めるしか無い 風呂は一週間に一回銭湯で睡眠時間は一週間合計しても6時間位だったそうです。 4時間眠れば寝すぎ、月に二回徹夜、という事が半年感続くと 仕事に慣れていったそうです。しかし未だに締め切り前は徹夜だそうです。 やっている最中は辛いとは思わない、夢中になると2日徹夜になる事もあったそうです。 少年誌で5年程書いて、モーニングから声がかかり青年誌もステップアップと ネームを書いて持っていったら、今度は下手では無く「浅い」と言われたそうです。 少年誌は適当でも良い所が通用しない青年誌のストーリーという壁に ここから読書量も増やして知識もつけての本当の勉強が始まったそうです。 本棚の数もかなり増えて窓以外全部本棚になったそうです。 多分では駄目、徹底的に調べる事、好奇心を作品に繋げる 焼き物(皿や壺)色々調べたら必ず出てくるのが魯山人 おせんの中でも魯山人をモデルとした登場人物が出ているそうです。 「衣食住」とは人間が年をとる事に興味を持つことでこれの後に庭があるらしいです。 で、食に興味を持ち調べていくとまた出てくるのが魯山人らしいです。 実際は美味しんぼの海原と違ってかなりの人格破綻者だそうです(苦笑) 色々と調べると人間関係が見えてきて作品に深みがでるそうです。 取材では色々な所に行って、鹿児島だけでも五回は行き 最終的には自分で鰹節を作ったそうです。 日本の伝統文化や食道楽等を盛り込み『おせん』が誕生したそうです。 最近は色なん物を乗せて何なに丼というものがあるが 鰻や親子でも本来は丼に蓋を被せて5〜10分で完成となる 現在の丼ものは、進化というより退化している 『おせん』連載中はカロリー過多で2回入院したそうで 身を削って書いた自身がオススメできる作品が『おせん』との事でした。 一番お金の掛かったエピソードは、「アンコウの吊るし切り」の時で 水戸まで取材に言ったがシーズンが違った事と あれは観光客向けのパフォーマンスであり 実際はマナ板の上での調理との事で 「吊るし切り」の手順を教えて貰い 10キロと6キロのアンコウを買い 自宅の庭の洗濯竿3本を一つにして鎖でアンコウを吊るしてやってみた 一匹目は手順の確認をしながらで苦労したが 二匹目は5分程で捌けるようになった。 その後はタワシで滑りをとり冷たい水で洗う これで半日はかかるので丸一日掛かっての作業だった その後に大鍋二つ分に調理して アンコウ鍋を編集員からアルバイトを含めて約20名に振舞ったそうです。 全額自腹で振舞って、後片付けしてが年に何回もあったそうです。 そういう事があったりしながら楽しく連載していたそうですが ドラマ化の時に色々とゴタゴタがあったりして連載を中断したみたいです。 最も尊敬する漫画家は、水木しげる先生で 手塚8割水木2割というように自分は少数派なんだと言っていました。 作品とは作者にとって子供のようなもので、その子供が嫁に行き、 「幸せになれるものと思っていたら、それが実は身売りだった」 当時は、北朝鮮に拉致された家族のような気持ちだったと話してくれました。 半年間は色々な所を旅したそうで 北朝鮮による拉致があった勝浦に行ったり 屋久島に行った時は大阪のおばちゃんから写真を撮ってと頼まれまくったそうで 山より海の方が人がいなくて良いと言っていました。 知らない所に行き、新鮮な景色を見ると嫌な事は忘れられる 読者の応援メッセージや家族が救いになってくれて イブニングで連載開始出来ました。 ただドラマの時に色々とあった為 『真っ当を受け継ぎ繋ぐ。』のサブタイトルをつけたそうです。 終わりたいという気持ちは無かったが一区切りつける為という事で連載を終了 次回作の構想では、魯山人をモデルにした老人と若い料理人での作品を考えているそうです。 最後の曲は、今度発売されるCDの中から「おせん」の挿入歌的なイメージで作った「花の縄」という曲でした。 右はCD用の原画で左は秋田のジャズフェス用のポスターの絵だそうです。 最初話が来た時に、ギターでかと思ったら絵での話だったと語ってくれました(笑) 最後はファンとの( ゚д゚)ノ質問コーナーがあり 冬の酒の楽しみ方では、悩んだ末に 安い日本酒を熱燗で薄く切ったハタハタの寿司にワサビ醤油で食べると良い と話になっていました。 漫画の原稿の保存方法では屋根裏部屋にダンボールの中に立てて 保存しているそうです。 今回の原画展で展示している物はリクエストがあった物で その時の展覧会の趣旨に従って選んで貰ったりとの事でした。 昔語り終了後に 物販コーナーで色紙等の販売があり とても自分の淋しい財布の中身では買えない綺麗な色紙に書かれた作品 自分は直筆の絵が書かれている単行本を購入 希望者は名前も入れてもらえて SDP(の本名)を筆で書いて頂きました。 写真も一緒に撮ってい貰いました。 裏話も聞けて、素晴らしい出会いでした。 いよいよ次回で国民文化祭・あきた2014の記事も最終回 乞うご期待! |
|
こんばんは、今夜もはじまりました。 不定期でgdgdな特撮ブログWhite Crow(Road to 特撮王?)です 今回は、三連休の事を記事にします。 今回のBGMは、「刹那の雫」です。 10/11は、仕事での疲れを全部取る為に爆睡していました。 10/12は、ゴジラで有名な本多猪四郎監督の出身地山形県鶴岡市に行きました。 月山も色付き始めましたね。 山の上までくると所々、紅葉していました。 途中、米の粉の滝ドライブインによりました。 ここは、 金曜プレステージ「塔馬教授の天才推理2湯殿山麓ミイラ伝説殺人事件」の ロケでも使われていましたね(笑) 滝も綺麗でしたが、 紅葉も綺麗でした。 鶴岡について、 庄内観光物産館に行きました。 日本海の海の幸満載の海鮮丼は美味でしたよ〜 大寶館や致道館がある、鶴岡公園に到着 護国神社があるので御参りしました。 国を守ってくれた方々に敬意が払えない人間は日本人では無いですね。 朝日新聞やロッテ、マルハン等々の朝鮮人の悪行から日本を守って欲しいと 英霊達にお願いしてきました。 藤沢周平記念館も初めて見て来ました。 特撮好きな方は時代劇も勿論、好きだと思いますし たそがれ清兵衛、隠し剣 鬼の爪、蝉しぐれ、武士の一分 の映画の元になった小説をお書きになった先生といえば 解っていただけるでしょうか。 中学生の頃に小説を読んだものです。 藤沢文学の世界を堪能した後は、 お向かいにある荘内神社に行きました。 この日は、朗読会『風の果て』を読む というイベントがありまして 朗読は、篠田三郎 氏(俳優)が担当してくれます。 時代劇と特撮が好きなSDPとしては是非とも参上したいイベントだったのです。 時間になり篠田三郎 氏登場 朗読の前に山形県での思い出を話して下さり。 大映で俳優をしていた時に、関根恵子(現・高橋惠子)氏と共演した映画で 樹氷悲歌のロケ地が蔵王だった事や 「成熟」という映画では鶴岡の鼠ヶ関の方でロケをしたそうです。 馴染みの店の奥さんが山形出身で、山形県さんの「さくらんぼ」を頂いていた事や 篠田さんは昔、東映の撮影所が近くにある大泉に住んでいて 藤沢周平さんが大泉に住んでいらしたのですれちがっていたかもしれない。 相棒で久しぶりに東映の撮影所に行ってみたら周りは昔と違っていたとの事でした。 1982年 NHKで放送された中井貴一氏主演の立花登・青春手控えの現場に 藤沢周平先生が激励に来て下さった事があったらしいです。 2008年 公開の山桜に出演した事があったりと藤沢作品と縁があり 2011年にも今回と同じ場所で朗読会があったりしたとの事でした。 今回は、『風の果て』「太蔵が原」より2,3,5を朗読して下さいました。 舞台の合間に練習して下さっていたようで それぞれの登場人物の声を作ってきていて、 役者 篠田三郎氏の懐の深さを垣間見た気がします。 あっという間に楽しい時間は過ぎて行きました。 篠田氏に会えただけでもとても感動的な時間でした。 穏やかで落ち着いていて”優しい紳士”という印象でした。 猫が、東光太郎に会えて良かったかにゃ と見送ってくれました。 テレビから時代劇が消えた理由は、人気が無いという事では無く 朝鮮人(世間的に在日と言われる方々)がクレームを入れているかららしいですね。 朝鮮人は半島に帰って自分たちのウリナラファンタジーを キムチでラリって見ていればいいのです。 帰りは月山のトンネルで山形新聞にも載るような事故があり 事故現場が全面通行止め 高速道路の上で迂回路も無く一時間半軟禁状態で、 高速道路料金は少し割引でも取るNEXCO東日本 今回の場合は渋滞という訳でもないので全額免除しても良いのではという話ですよ。 そもそも高速といわない状態だった訳ですから。 その夜に小学時代からの友が夜に遊びに来て特撮系談議 アキバレンジャーを見ながら新堀和男さんの話になり インザヒーローの話になったり 曽我町子さんといったらバンドーラだという話になったりしていました(笑) 10/13は、専門学校時代の友達と南仙台駅あたりで会いましたよ。 牙狼 闇を照らす者 を見たり ライザー龍やガンライザー等の東北ローカルヒーローについて話しました。 夜に焼肉を食べて台風が近づく豪雨の中、蔵王を越えて山形市に戻りましたよ。 ↓ここにある文字をクリックしてくれたら励みになります。何卒ご協力宜しくお願いします。 宮城も福島もいい所あっけど、山形さも来てけろな!
※BGMはタロウにしたい所ですがイベントの趣旨から和の曲に… |




