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【白州町の南北朝時代・宗良親王】
南北朝時代の甲斐の政情は、南北に別れての行動があったので不安定であったが、主力は足利尊氏と行動をともにしたことにより、この動乱期を切り抜けることができた。
延元二年、宗良親王は東国に下り、南朝方の中心となって活動する。
興国六年(一三四五)ころには駿河国にあったが、ここを去り、富士の東麓をめぐり信濃に向う途中、自須の松原で、
かりそめのゆきかひ路とは聞きしかどいさや白須のまつ人もなし
と詠み、南朝のため待つ人もない甲斐路の旅に、親王の心も沈みがちであったことが記録に残されている。
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白州伝承未来塾
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