|
【白州町の徳川時代】
繁栄を誇った武田家の滅亡によって世は徳川時代へと町の近世 移行していった。そして徳川幕府の二百数十年にわたる江戸時代となったのである。
江戸時代に入り慶長年間、京都の角倉了以の改修工事によって富士川水運が開けたことと、平地の水害のおそれが少なくなったことなどによって、塩や乾魚など太平洋側の生活物資を船で鰍沢に運び、そこから馬の背によって剤沢、小笠原などのいわゆる駿信往還を北上し、韮崎を通り、台ケ原、教来石を通り信州に入り、茅野を経て杖突峠を越えて高遠に出て塩尻に至っている。塩尻で日本海方面からの交通路と結ばれて、物資の交流がなされたのである。
|
白州伝承未来塾
[ リスト ]




