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【白州町 明治時代】

【白州町 明治時代】
慶応三年徳川幕府が大政を奉還して、三〇〇年に近かった江戸時代を終って王政復古の世となった。長かった鎖国政策も終りを告げて、西洋の新しい文明が入ってきて、政治的にも社会的にも大きな変革をもたらした時代である。
明治四年には甲斐の国は山梨県と改められた。それまで鎮撫府、甲斐府、甲府県など支配機構がめまぐるしく変わるなかで、人々の生活にも大きな変化がなされていった。この頃学問に対する関心が高まり、鳳来に二宮氏塾など六ケ所、駒城に官川氏塾など四ケ所、菅原に親仁会や郷学「博文館」などの私塾や講習所が開設されて、学問に志ざす風潮が高まっていった。また新しく戸籍がつくられ、太陽暦の採用、国民皆兵主義の徴兵令の発布、日野春警察署台ケ原屯所の設置、台ケ原郵便局の開局など、国民生活に影響の多い施策が次々と実施されていった。
明治五年には学制が頒布され、国民教育の基本が確立されることになった。それに基づいて鳳来、菅原、駒城のそれぞれの地区に学校が開設された。この頃また名主、長百姓の制度から区長制に変わり、加えて町村の合併がすすめられ鳳来村、菅原村、駒城村が誕生したのである。
明治十一年頃になると、郡区町村編成法、府県会規則、地方税規則など地方自治制度の基礎がつくられていった。
明治十三年六月二十二日は、明治天皇が御巡幸になり、北原延世宅を行在所とされ、翌二十三日は教来石河西九郎須宅に御小休し長野方面に進まれた。
日清、日露の二つの戦争は、ある意味では日本の国を世界の舞台に立たせた一つの機会であったともいえる。そしてそれが、政治的にも経済的にも、我が国が世界的に進展する機会であったともいえる。
このころ市町村制が施行され、小学校令が改正されて義務教育制が実施となり、また中央線が韮崎駅まで開通されたり、台ケ原郵便局で小包便と電報の取扱いなど社会的な制度が整ってくるのに対して、
明治三十一年、三十九年に豪雨が襲来して大きな被害を出し、赤痢病が流行して死者多数といった悪条件にも遭過した時代であった。そして大水害救済のため山梨県に御料林二八万八〇〇〇町歩が下賜され、恩賜林として県財政に大きな効果をもたらした。
明治四十四年には中央線が新宿―名古屋間が全線開通して、交通上大きな変革がなされた。
明治四十五年七月明治天皇が崩御され、年号が大正と改元された。
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