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甲斐源氏の祖 新羅三郎義光 足柄山笛吹の石」の真偽
武田義清・清光をめぐって(『武田氏研究』第9号 志田諄一氏著 一部加筆)文中の各標題は加筆

 また義光の奥羽下向に際し、つぎのような物語が伝えられています。義光は音律を好み、笙の師豊原時忠に就いて笙の秘曲の復伝をうけ、名器交丸を授けられた。しかし、奥州下向のとき名器の失われるのを配慮して、逢坂山で時忠に返した。さらにその途中、足柄山で笙の秘曲を時忠の甥時秋に授けたというのであります。現在でも足柄峠には、「新羅三郎義光笛吹の石」というものが残っています。
 『今昔物語集』巻第二十四「源博雅朝臣会坂の盲の許に行く語」には、管弦の道に熟達していた源博雅朝臣が会(逢)坂関に庵を造って住んでいた蝉丸という盲人が琵琶が上手であることを聞き、三年間も通い続け流泉・啄木の秘曲を蝉丸から伝授された話がみえております。
 また『更級日記」には、菅原孝標の娘が昼なお暗い恐ろしい足柄山を越えたとき、遊女が三人どこからともなく出てきて、庵の前に唐傘を立て十四、五歳の「こはた」という遊女が、空まで響くような凛とした涼しい声で歌ったので、とても感動した様子が記されております。
 したがって、逢坂山や足柄山には盲目の琵琶法師や遊女など芸能の徒がたむろしていたのであります。逢坂山や足柄山に芸能の徒がたむろしていたのは、国境などの坂や峠には神霊がこもっており、その神霊が歌舞音曲を好んだという思想が底流にあるのです。『今昔物語集』巻第二十七「近衛舎人常陸国の山中にて歌を詠いて死ぬる語」に、昔、近衛舎人がいた。神楽舎人でもあろうか。歌をすばらしく上手に歌った。この男が相撲の使として東国に下った。陸奥国から常陸国へこえる焼山の関を馬に乗って通ったとき、泥障をたたいて抽子をとり、常陸歌を二、三遍繰り返して歌った。すると、ずっと深い山の奥で、恐ろしげな声で「ああ、おもしろい」といって手を打った者がいる。舎人は馬をとめて、従者にあれは誰がいったのだと尋ねたが、何も聞こえません、と答えたので、頭の毛が太くたるほど恐ろしくなりそこを通りすぎた。その夜宿で寝たまま死んでしまった。だから深い山中で歌を歌ってはいけない。山の神がおもしろがってひきとめたのであろう、といい合ったということである、と記されています。
 したがって、義光が逢坂山や足柄山で笙の名器や秘曲を授けた、という話は疑わしいと思うのです。けれども『今鏡」第七には、豊原時忠は交丸という笙の笛と秘曲を「刑部丞義光といひし源氏のむさのこのみ侍りしに」教えて笛も与えた。ところが義光が「あづまの方へまかりけるに」時忠が見送ったとき、笙の笛を時忠に返して別れた、とあるので、義光が笙をよくしたことは事実のようであります。


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