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常陸平氏と源氏との結びつき
武田義清・清光をめぐって(『武田氏研究』第9号 志田諄一氏著 一部加筆)文中の各標題は加筆

 常陸平氏と源氏との結びつきは、前からみられるのです。平維幹は将門の乱で活躍した平貞盛の子で、長保元年(九九九)十二月、藤原実資に馬や名簿を送って臣従し、栄爵を願っています。
 『宇治拾遺物語」には、維幹が京都に訴訟で上ったとき高階成順の娘を見初め妻にして常陸に帰った。二女をもうけたが妻は死んだ。その後、妻の妹が夫の常陸介に従い常陸にやってきた。任期が終わって帰るとき、維幹は二女を遣わしてそれぞれ逸物の馬十疋と皮子を負った馬百疋ずつを送ったので、常陸介は維幹の娘の富裕に驚いた、ります。『今昔物語集」巻第二十五には、常陸守とたった源頼信が下総国の平忠垣を攻めたとき、「左衛門大夫平
惟基」という老が三千騎をひきいて頼信の軍に加わった、とみえます。
 維幹の子が為幹です。寛仁四年(一〇二〇)七月、紫式部の弟でもあった常陸介藤原惟通が常陸国府で死んだとき、為幹が惟通の妻子を奪い取り強姦するという事件が起こりました。惟通の母は事の次第を朝廷に訴えたので、朝廷では紀貞光を遣わして為幹を召喚しました。ところが貞光は藤原実資と示し合わせて上京した為幹になにかと便宜を与えているのです。そして翌年、改元にことよせて赦免しようとしたのです。
 重幹はこの為幹の子です。したがって重幹は中央の藤原氏とも通じ、また義光とも結んで粗暴の限りを尽くしていたのです。義光は重幹と姻戚関係を結びます。『尊卑分脈』や「常陸大橡系図」によると、嫡男の義業に重幹の子清幹の女をめとらせ、生まれた昌義が佐竹氏の祖となるのです。
 また浅羽本「武田系図」によれば、義光自身が清幹の女との間に義清を生ませているのです。義光は姻戚関係で重幹を応援し、甥の義国と戦ったのです。


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