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《甲斐駒ケ岳 「甲斐国志」・「峡中紀行」・「甲斐叢記」》(「白州町誌」山寺仁太郎氏著) 文化十一年(一八一四)編纂された「甲斐国志」は、駒ケ嶽の山容をさらに具体的に記して、「峡中紀行」のこの部分を引用している。駒ケ嶽は文化年問のこの時代において、なお人問の撃登することの出来ない高山秘境であって、山中には仙翁の如き異形の住む処と認識されていたのである。幕末嘉永年間(一八四八〜五三)になった大森快庵の「甲斐叢記」も亦、明らかに「甲斐国志」に擦って、駒ケ嶽を誌し、徂徠の伝えた老翁の仙術を特筆しているのは、少なくとも明治以前におけるこの山への認識の度合が奈辺にあったかを、うかがい知ることが出来るのである。 上述の如く、駒ケ嶽を一つの信仰の対象としての考え方は縄文時代まで遡ることができ、数千年間にわたって神聖なる山、祖霊の坐す山、近づき難き神秘な山という見方が連綿として続いて今日に至ったということが言えよう。こうした山岳への信仰帯態は日本全禺に略々通有するものであって、駒ケ嶽の場合は、比較的純粋に経過して来たと言えるのではなかろうか。
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