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【徳川忠長と武川衆の動向】
(『山梨県の地名』日本歴史地名大系19 平凡社 一部加筆)
元和二年(一六一六)徳川忠長が甲斐一円を支配すると、武川衆は大番・書院番などに組入れられて勤仕した。寛永九年(一六三二)忠長が改易されると、武川衆は一時処士となった。同一九年ようやく再出仕の恩命に浴し、もとのように旗本として復帰が許された。
山高信俊は山高本家信直の家督を継いで、万治二年(一六五九)二〇〇石加増、寛文元年(一六六一)采地を下総・常陸国の諸郡に移された。
一方、信俊の弟信保は父親重の跡目を相続しで山高村の高三一〇石余のうち二七五石余を知行した。万治三年土木技術に長じていたことを認められ駿河国の堤防工事を奉行し、寛文元年には石見代官を命じられ、石見銀山の支配にあたった。これまで支配した山高村の采地を、下総国相馬郡・葛飾郡のうちに移され、甲州とのつながりは絶えた(寛政重修諸家譜)。この時点で武川衆は本貫の地である武川筋の知行地を去った。


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