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新羅義光 烹雑の記(滝沢馬琴) 江戸時代に語られた甲斐武将たち『日本随筆大系』
鳥羽天皇の天仁元年戊子春二月、源ノ朝臣義綱を、佐渡国へ流す。舎弟義光に誣(しひ)られ、無実の罪を得たればなり。
義光 一話一言(大田南畝)江戸時代に語られた甲斐武将たち『日本随筆大系』
義光甲斐源氏之祖也。
佐竹・逸見・武田・小笠原・加々美・秋山・平賀・大内・南部等の源氏是より出。
新羅明神《新羅三郎義光が元服した場所》兎園小説(瀧澤馬琴)江戸時代に語られた甲斐武将たち『日本随筆大系』
新羅明神は三井寺北院現在谷に鎮座也。祭神は素盞鳴命(須佐之男命)也。此神五十猛神を師て新羅国に至り、智證大師唐土より帰朝の時、船中の佛經を擁護して日本に帰り給ふに依て、新羅明神と崇め現在谷に鎮座也。其後永正十年九月二十一日、明尊始めて祭祀せしにより、今なお九月二十一日佐竹家より供物有。新羅法楽の歌の會に、俊頼褒貶の巻有。それより今に至るまで、和歌の法楽を供するを式とす。卜部兼邦が歌に、
新羅より三井の流れにやどり来ていく代住むべき神のこゝろを
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