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武田信玄、吉田城を攻めきれず 煙霞綺談(西村白鳥)
(前略)往前元亀三年春、甲州武田信玄遠州に出張し所々を攻撃し、それより三州に打越、吉田の城を襲、此時吉田の城には酒井左衛門尉忠次守り居たるが、無勢にして難拒城殆危 。ときに地士林十右衛門景政といふ者あり。此者射術に達し、遠三の間に弓の弟子大勢あり。城危きによって彼弟子共大勢引き連れ、飽海口に出てふせぎ 放矢如雨脚(あめのごとし)依之甲兵隕命者居多(こうへいめいをおとすものそこぼこ)にして辟易し、信玄遂に振旅して皈甲州、(こうしゅうにかえる)次甚感喜あり。此由来を以て射術を励むと云ふ。云々
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