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江戸時代の甲斐伝説と民話、秉燭翁像 桂林漫録(桂川中良)
近来、甲州酒折宮の(日本武尊を祭る)本社の傍らに祭る所の。秉燭翁の社の扉に刻する像なりとて。流布する図あり。
秉燭翁像図(略)
深衣の如き服を左巻まきに著。
(或人、続日本記養老三年の詔を引。上古は左まきなりし證とす。笑う可し。左まきの詔。愚考あり。)
幅広の如き物を頭に頂き。渡唐の天神と称する物の形に似たり。甲斐名勝志(甲州、萩原元克著)見に。彼像の説を載せさる故。彼邦より薬石を鬻に来る。阿蔵なる者に質(たた)せしに。果して跡形も無き譌物なり。此像を見んとて。好古の人間尋来る事侍りと語りき。全く奇に誇らんと欲る。好事者の所為と見ゆ。憎む可く冤(うら)む可し彼社。尊の燧袋(ひうちぶくろ)を神体とする由。是は虚説にあらず。阿像帰国の後。其図を送り越す可しと約しぬ。
江戸時代の甲斐伝説と民話、日本武尊 向火
酒折宮の因みに記す。日本武尊。駿河国に至り給へる時、夷等尊を欺きて野中に出し奉り。枯草に火を着て。焼き失ひ奉らんとす。時に尊。御姨。倭比売命の賜ひたる火打袋より。(是酒折宮の神体なり)燧を取出し。御剣を抜て草を薙拂ひ。火打ちにて火を打。向火を着て焼退け。還出て夷どもを切滅し給ふ事。云々
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