|
我が生い立ちの序章 金丸信氏 自伝(昭和58年刊)
「さあ、かかってこい」尋常小学校二年生だというのに、相手は、いやに大きく見えた。雪が降り積もっている運動場の隅に、その時、わたしは追いつめられていた。なにが原因で喧嘩になったのか、いまとなっては覚えていないが、わたしに、殴りかかってきたのは、クラスでも、一番の暴れん坊だった。
わたしは、逃げ回った。体はそれほど小さかったわけじゃない。しかし、小学校の頃、わたしは、とっても消極的な性格だった。とても、クラス一の暴れん坊を相手に戦う度胸はない。逃げ回れば逃げ回るだけ、相手は追ってくる。仲間も、相手が暴れん坊だけに、遠巻きにして見ているだけだ。ついに、教室から追われ、裸足のまま、雪の校庭に逃げ出した。それでも、暴れん坊は追ってくる。たちまち、追いつめられた。相手の腕が、わたしの胸ぐらをつかまえた。わたしの気持ちが変ったのは、その瞬間だった。
どうして変ったのか。窮鼠猫をかむ、ということだったのだろうか。不思議に、その暴れん坊が、こわくもなんともなかった。「ここまでくれば、戦ってやろうじゃないか」わたしは、覚悟を決めた。腕をぐいとつかみ返すと、今度ほ、相手の顔に、たじろぎの表情がちらっと浮かんだ。しかし、それもー瞬のこと。相手は、力を込めて殴りかかってきた。痛いというよりも、体がかっと熱くなった。
この野郎、わたしの拳骨も、相手の顔面に当たった。あとは、もう夢中だ。雪の中で、上になったり下になったり、くんずほぐれつというのかな。物語風にいうなら、ここで勝負がつかないほど殴り合って、お互いに、相手の実力を認め合って仲良くするといったストーリーになるんだろうが、わたしの場合は、この暴れん坊をのばしちゃった。気は弱かったけれども、運動神経は抜群だったし、どちらも同じ小学生だ。そんなに力の差があるわけじゃない。勝ったことで、わたしほ、自分に自信をもった。クラスのわたしを見る目も変わったね。それ以来、消極的な性格は、一体どこに行ったのかと家人が不思議がるほど、腕白小僧、つまりは悪童になったんだ。
スイカ畑やトウモロコシの畑は、わたしの縄張りになった。そっと忍んでいって、トウモロコシをむしって食べたし、スイカなんて、いくつ食っちまったかわからない。いまの時代ではうるさいんだろうが、当時は、おおらかだったね。子供のやることだからといって、大目に見てくれたんだね。
わたしの遊び相手というか、喧嘩相手は、もっぱら年の上の連中だった。腕白だったが、弱い者いじめはしたことはない。釜無川に魚とりに行くのも、日課のようなものだった。ハヤ、アマゴ、アユ、スナモグリなんかがたくさんいた。仲間は、それぞれ釣りざおをつくって、釣り上げたり、綱ですくったりする。わたしは、そういう方法がまだるっこくて仕方がない。とても見ていられない。石を川に並べて積み上げ、その上にズックを張って川の流れをせき止めて、別の方向に流して水を貯める。そして、水の切れる川下に築をかけると、つぎつぎと魚が落ちてくる。一網打尽だったね。
その頃のわたしを知っている人が、いまのわたしをみると、「あの信ちゃんがね」と信じられないといった顔をするが、腕白には違いなかったが、どこか違っていたんじゃないかねえ。
|
全体表示
[ リスト ]



