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私の先祖は土屋惣蔵 我が生い立ちの序章 金丸信氏 自伝(昭和58年刊)
わたしの先祖は、武田勝頼の臣下で、天目山片手斬りで知られている土屋惣蔵守という人なんだ。勝頼は、織田、徳川の連合軍と長篠で合戦して壊滅した。武田軍団の誇った騎馬戦法と、鉄砲による新しい戦法との交代を告げた戦いだった。敗れた勝頼は、その後も敗戦を重ねて、ついに、数少ない臣下に守られて最後の戦いを挑もうと天目山に急いだ。しかし、織田方の大軍に襲われ、わたしの先祖の土屋惣蔵守は、勝頼を逃がすために、片側は崖、片側は谷に面した一筋道で、片手で藤蔓につかまり、片手で敵を斬っては日川に蹴落とした。そのため、日川の流れは三日の間、血で真っ赤に染まり、いまなお三日血川と呼ばれているよ。
いまは大和村というその天目山の山道に、記念碑が建っていた。ぉととしの風水害で、その記念碑が壊れてしまったので、村や観光協会に頼まれて、わたしが「土屋惣蔵守の片手斬りの跡」と書いて、碑をつくり直したんだ。そういう勇将が先祖だというから、武田軍略の影響を受けたのかも知れないが、それをいちいち意識して政治をやっているわけじゃあない。とくに、子供の頃は、武田軍略なんか考えたこともない。喧嘩をし、年上の子供たちを引き連れて、山野を駈け回っているうちに、人に信頼されることが大事なことや、人を信頼することの大切さを身をもって覚えていったんだな。もっとも、そんなことをやって、毎日、遊び回っていたから、足腰は強くなったが、勉強の方は、とんとお留守になった。
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