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スパルタ教育 我が生い立ちの序章 金丸信氏 自伝(昭和58年刊)
オヤジもおふくろも、やかましいことは言わない。それで、小学校は卒業したが、甲府の旧制中学の入学試験には不合格になった。仕方なく、オヤジの友人で、内田与八先生という人が校長をしていた県立身延中学に、翌年になって預けられた。身延となると、わたしの生まれ育った白根町からは通えない。そこで寄宿舎に入れられ、結局、中学を卒業するまでの五年間、寄宿舎生活を送ることになった。男ばかりの寄宿舎住まいは、人間を知るには格好の場だったね。共同生活の難しさも知ったし、仲間と裸の付き合いだった。この頃の共同生活も、今日のわたしの性格や生き様に、いろいろと影響を与えているような気がするね。鉄拳制裁もあった。いまみたいに、先生が、生徒の暴力に脅えているような時代じゃあない。「子供が先生に殴られた」といって、親が裁判所や教育委員会に訴えるようなこともない。先生が、悪いことをした生徒に体罰を与えるのは当然だと思われていた。
わたしも殴られた。いたずら盛りの頃だから、たまったもんじゃない。しかも、寄宿舎に住んでいて、先輩や同僚に、いろいろと知恵をつけられ、良いことばかりじゃなく、悪いことも覚えた頃だ。しかし、わたしは、自分が悪いことをして、先生に殴られ、制裁を受けるのは仕方がない。うらみもしなかった。わたしの親だって、そんなことを聞く山観ではない。だから、いまでいえば、非常なスパルタ教育を受けたような気がする。ときどき、「がんこな男だ」と思われるのは、この時の厳しい教育を受けたことが大きいのじゃあないかな。
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