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おふくろ 我が生い立ちの序章 金丸信氏 自伝(昭和58年刊)
おフクロは賢い。婦人会の郡の会長をつとめたほどの賢夫人だった。そのくせ、表に出ることは好まず、わが家では、質素倹約を旨としていた。だからといってケチではなく、家をつくる時には、どうせなら小さい家ではなくて大きいのを建てようという太っ腹なお母さんだった。クリスチャンで、オヤクにはよく仕えたが、わたしは、オヤジよりも、このおフクロさんの方がこわかった。なにをしても、すべて見抜かれてしまった。ぉフクロの思い出といえばこんな話がある。逝くなる一カ月程前だったが、国立山梨病院に入院していた。ベッドに伏しながら背の後ろの痛みを訴えるんだ。背の下に手をあてると痛みがやわらぐというので、わたしの手をあてがったんだが、長くやっていると手がしびれてくるし、その頃の病院は曖房なんてないから、十一月の下旬といえばジンジンと冷えこむんだ。おフクロが寝息をたてているかに思えたし、ベッドの横を見ると、消毒用のエチルアルコールがあったから、そっと手を引いてアルコー小を水で割ってグッと一息飲んだらおフクロが「あてがった手はどうした。信、手ぬきはいかん」としかられたんだ。さっきも言ったように、クリスチャンだったから、山梨英和女学院のグリーンバーグ先生が、おフクロが息を引きとった時に病院の枕もとで讃美歌を歌って送ってくれたことが、強い印象として残っている。
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