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古道 逸見路 近世以前白州町の古道(『白州町誌』)
穂坂路三之蔵で分岐して、駒井、中条、小田川に至り、小倉を過ぎて江草根古屋に行く。また穴平から津金、浅川、樫山から佐久平に達する。この道を平沢口という。小田川から分かれ穴山の車坂を登って日野原を通り、花水坂から台ケ原に出て信州に通ずる道を信州西河路ともいう。花水坂については『甲斐国志』は次のように記している。
日野ヨリ台ガ原へ出ズル数十町ノ険坂ナリ(或は云う、日野坂)白砂山ノ麓ニテ釜無川・尾白川・大深沢三水会同ノ処ヲ花水卜云フ。古時ノ信州路ナリ、若神子ヨリ渋沢・台ガ原へ逓送セリト云フ。白砂山ハ七里岩上ニ秀出シテ頂ニ古松欝然タリ
山水石岩最モ風致アリ昔時ハ岩上ニ亭子ヲ構へ山桜数珠ヲ植ユ、花時ニハ豊潤トシテ映ズ困テ花水ノ名アリトナン。
武河筋白洲ノ松原へモ遠カラズ河ヲ隔テテ相対ス。古人云ク本州東南ノ方ニ富士山ノ陰岳ヲ望ム所在美ナリト雖モ所望処ニヨリ山容勝劣ナキヲ得ズ、所謂花水・御坂・万沢等最モ世ニ称スル処ナリ。
織田軍記二天正壬午四月二日信長大河原(台ケ原)ニ御宿陣、三日大河原ヲ立テ五町許リ出レバ富士山能ク顕ハル、御見物ナリ各驚目、夫ヨリ新府へ入ラセラルト有リ。
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