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古道 原道 近世以前白州町の古道(『白州町誌』)
【筆註】国道20号線、白州町への入口(諏訪に向かって)に設置されている新設道標は間違いで、これはむかし釜無川河畔に設置してあったものを反対側に設置し、内容をそのままにしたことで起きた間違い。正しくは「川路」である。こうした間違いは境川の橋梁名にもあり、地域が間違いを指摘しても未だに訂正されていないと聞いている。
 
 韮崎から新府を過ぎ、穴山・日野春から前記の花水・台ケ原に進むか、渋沢・小渕沢、信州蔦木に達する道筋が利用された。西河路に対して台地上(七里岩)を信州に至るので原路と呼んだのである。
 徳川家康は慶長五年関ケ原の戦のあと、東海、東山、奥州、日光、甲州の五街道を設けて、各街道に伝馬制をしいた。しかしこの甲州街道は降雨のために釜無川、尾白川、濁川などの出水によって、たびたび通行が不能となって、その橙能を十分果すことができなかった。そのため出水時に協往還の役割をもつ原路が重要視された。甲斐国志には次のように記されている。
 原路卜云ハ韮崎宿ヨリ新府墟ノ下ヲ過キ穴山村:係り日野ノ原ニ会ス、韮崎、渋沢、小渕沢、信州蔦木宿卜鳴行スル事ニナリ、宝暦中駅宿ヨリ支リ訟論ニ依り西河路ニ水アリテ往還ナシ難キ時ハ台原宿ハ渋沢ニ出テ、教来石宿ハ小渕沢ニ出テ駅伝可致趣ニ公裁定ルト云、
 このように、西河路、すなわち甲州街道が出水のため一部通行ができない場合は、台ケ原宿は渋沢へ、教来石宿は小渕沢へ継立てることが公に認められた。しかし小渕沢などが伝馬役の負担が重いためその免除を願いでて、宝暦以後は小渕沢の宿駅業務は教釆石宿が出向いて行なうことになった。このように甲州街道が開かれてからも原路に相当の貨客の通行があったものと思われる。

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