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白州町歴史講座 武川衆 徳川家康の配下へ、そして甲斐へ(白州町誌) 武川衆は天正二十年、家康関東移封とともに旗本衆として武蔵国に知行地を与えられて移った。慶長八年家康は征夷大将軍に任ぜられ江戸幕府を開いて、第九子徳川義直を甲斐二四万石の領主に任じた。甲斐は親藩領となり、平岩親吉が城代となった。それで慶長九年二月、武川筋を本領としていた武川衆がふたたび甲斐にもどってくるのである。そして「武川衆御重恩之覚」として、武川の地に所領替と加増の意味を含めて領知された。そのときの武川衆十四人は次のようである。 柳沢兵部丞信俊 伊藤三右衛門重次 曲淵庄左衛門正吉 曾根孫作、 曽雌民部丞定政 折井九郎三郎次吉 曽雌新蔵定清 有泉忠蔵政信 山高宮内少輔信直 青木与兵衛信安 青木清左衛門信政 馬場右衛門丞信光 折居市左衛門次忠
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