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白州町歴史講座 柳沢氏と横手氏(白州町誌)
柳沢氏については武田時信の子時光が青木氏を称し、その五代安達のあと、長男義虎が青木氏を継ぎ、次男信興が柳沢に任して柳沢氏の祖となった。その三代信兼が武田勝板に仕えて、天正八年十月、上州膳之城攻めのとき軍令にそむいて先駆をしたという科で切腹を命ぜられたが、勝頼は柳沢の名跡が絶えるのを惜しんで、横手信俊に柳沢姓を嗣がせ、兵部丞を名乗らせた。横手氏は青木信時の弟信国が名のっていたが信国の討死により信玄の命により弟信俊が横手氏を継いでいたのである。横手氏はそのあと信俊の養子源七郎が継いでいる。
この柳沢信俊が吉保の祖父である。柳沢兵部丞信俊は小牧の戦、信州真田との戦などに戦績をあげ、ついで小田原の陣にも参加している。のち家康の関東移封にともなって、他の武川衆とともに関東に移り、武蔵鉢形に一一一石余を領した。信俊のあと安忠が嗣ぎ、二代将軍秀忠に仕え、後三代将軍家光付となり、安吉は下総国原方村に二三〇石、弟安忠は上総国市袋村に一六〇石の知行を与えられた。この安忠が柳沢吉保の父である。
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