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白州町の歴史講座 教来石氏居址と鳥原屋敷跡(「白州町誌」)
甲斐国志古跡部に「下教来石村ニ上屋敷、中屋敷、裏門ナドノ名存セリ、其ノ地ニ枯井戸モアリ、上教来石村ニモ同氏ノ居迹トシテ内杭根、外杭根、裏門ト云フ地名アリ、文台碑アリ、明応三年庚寅ノ字ヲ見ル、古事ヲ知ラズ」とある。
この地域では釜無側を表と呼んでおり、下教来石の教来石氏居跡は、小字下木戸と屋敷裏との間、今の国道二〇号線付近にあつたのではないかと推定する。土地の人は教来石民部の生れたところと言っている。
その西鳥原にかけて、浦門、後林、三蔵、矢の下、内屋敷などの小字や俗称馬飯場、殿畑、お城坂などの地名がある。教来石氏の鳥原屋敷は、下教来石から鳥原部落に行く道、鳥原部落北東の小高い所、殿畑にあったという。およそ一〇〇 メートル四方の畑の南側と東側・西側に堀跡があるが、北側は確認できない。
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