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古道 東海道 日本武尊(やまとたける)の経路
野火の遭難について、『日本書記』は駿河の国焼津、『古事記』では相武の国とする。妃の弟橘比売の歌によれば相武の小野とされる。いずれが正しいのか論が分かれているが、古事記は和銅五年(717)の成立、日本書記は養老四年(720)の成立で、成立年代にはそれはどの差はないが、国名の成立について大方は、大化の改新(大化二年・646)により小国が統合して改名したとしている。しかし、新国名に改まるのはまちまちで、かなり年代が下るようである。 して見ると、駿河の焼津は廬の焼津とするべきであろうし、〔万葉集では駿河を旧い珠琉河を多用、相模も相武と表記する〕「書記」が撰上された時の「国名」に依ったとすれば、やや無理が立つようだ。
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