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白州町内の神社 竹宇(ちくう)、天神宮社
(旧村社)
鎮座地 白須竹宇二七八六番地
祭神 菅原道真公
祭日 九月二十五日
由緒
諸説があるが、そのうち「造立奉る御神殿、天下泰平御武運悠久たり、御再興は寛政四子年(1792)霜月九日、大工始めは明年冬霜月八日御棟上、同六年甲寅春二月二十四日夜御遷座、神主石田美濃守、藤原義実之代云々」
とある。古くから六月十四日夜から十五日にかけて、京都北野神杜の神事にならい抵園祭が執り行われてきた。
社殿建造物 本殿・拝殿・石鳥居・石灯籠・石狛犬
現社地 二七二坪 山林六反三畝
氏子 二〇〇戸
.神官 進藤柏男
祭日 四月十二目
その他
菅原道真、醍醐天皇の御代道真は左大臣藤原時平とともに政務に預かった。宇多法皇ひそかに天皇と相謀って、道真を関白に推挙したが道真は固辞した。これにより時平は深く嫉み譲言を弄した。天皇はこれを信じ、遂に道真を九州太宰府に左遷する。しかし配所にあっても誠忠の志をかえず、三年問蟄居、有名な「海南行」作詩のような生活で、延喜三年(903)二月二十五日ここで、五十九歳の生涯を閉じた。
その後京都にしばしば異災あり、世人は道真の崇りだという。天皇も後悔され延長元年(923)道真を元の官位に戻し、正二位を贈り左遷に関する書類を焼減した。これが元官幣中社北野神社で、全国に学間の神として分布は広い。
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