白州町情報最前線 サブやんのなんでもジャーナル

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白州町内の神社 台ケ原、荒尾神社と田中神社
鎮座地 台ケ原二二九六番地
祭神 罔象女命(みずはめのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)
たけるのみこと
旧社 領高一石六斗八升
祭日 九月二十三日
由緒
〔台ケ原の発祥〕
いつころの勧請かは定かでないが、菅原村誌によれば、およそ六百年前(室町時代)に山高信重が一族をつれて、中山の麓根古屋の地に、集落をつくったとあるのでそのころの発祥と推定される。
しかし山裾で農耕には適せず、加えて尾白川の氾濫などで住みにくくなり、村人は花水・台ケ原・竹宇などに土地を求めて次第に離散した。
「激流祠前ヲ過ル故荒キ尾白川ニ臨ム意」(甲斐国志)にて荒尾神社と命名、武田・徳川両氏にわたって、社領一石六斗八升寄進の黒印状とともに尊信されていたが、住民不在となり、祭祀も不如意のため明治四十三年(1910)一月二十五日、台ケ原の田中神杜境内、神明社外十一杜を合併、大正三年(1914)四月五日、その境内に遷座した。(もとは中山の麓にあった)
〔田中神社〕
相殿の田中神杜は、除地四畝二十四歩、祭神は大已貴命と媛太神で、馬場美濃守の産土神であり安産の神としても近郷まで知られていた。この拝殿は江戸時代に、「お茶つぼ道中」の宿舎に当てられ、二回修造料として各拾両宛拝領の記録がある。
甲斐国志に「此ノ拝殿昔時ハ毎年御茶壷一泊ノ処ナル故ニ修造料トシテ金十両宛二度拝領セリ、慶安五年六月立札ノ写ニ御茶壷毎年当社拝殿御一宿候間拝殿並ニ御番所柱壁等落書一切仕ル間敷候、総而穢ラハ敷者並ニ乞食非人等昼夜不可集リ居ル候事トアリ、其ノ後御茶壷通行相停リ、今ハ形バカリノ拝殿ナリ、見聞雑事ニ御茶壷通行ノ停々リシハ元禄三年ナリト見エタリ」とある。
社殿建造物 本殿・拝殿・石鳥居二基・石灯籠七基
現社地 六〇九坪 山林四反六畝二歩
宝物 荒尾大明神々号額(神抵官領長ト部朝臣下賜)、
四奉行神領覚(慶長八年(1603)三月一日)、
社殿再興棟札(元禄十六年(1703)十二月二十三日)
境内末社 八坂社・琴平社・熊野社・八幡社・山神社・道祖神社・庖瘡社・伊勢社・愛宕社・天神社・
氏子 二二六戸
神官 今橋康三
その他
〔虎石・虎舞〕
境内に虎石というのがあり、古くから台ケ原では獅子舞を禁じ、正月十四日の道祖神祭には、虎舞という全国にも数少い民俗行事もあった。


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