白州町情報最前線 サブやんのなんでもジャーナル

山梨県・北杜市・白州町のありのままの姿をジャンルを問わず綴っていきます

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甲州街道古道の推定 神官川橋から国界橋まで 
ここは旧鳳来村で、松原、荒田、教来石下・上を通り山口の口留番所に至っている。集落はこの道に沿って発達し、下教釆石には宿場があった。その宿場の入口は金手に曲っている。
  甲州街道古道の推定 台ケ原下宿より神官川橋まで 
台ケ原は宿駅として本陣、脇本陣、問屋が置かれ、宿屋も拾数軒を数え、今もその屋号がのこっている。旧菅原村は甲州街道に沿って発達した集落で、今の国道二〇号線はバイパス的なものである。この間約四キロメートルであるが、「赤坂」と呼ぶ急峻な坂道や久保町という道が上下するところがあり車馬は難儀が多かった。それでこの附近には石仏も多い。
  甲州街道古道の推定 尾白川橋より台ケ原下宿まで
国道から岐れて日野に至る道の釜無川に架る橋を花水橋というが、旧花水橋は今の橋より少し下流にあった。
旧甲州街道は、この道と合し、通称中背、横山の西側、尾白川に沿って台ケ原下宿に通じていた。この間に馬頭観音の石碑に道標があり「右かうふみち、左はらみち」と刻してある。また道筋には石仏も数多く残されている。
今の二〇号線は北に寄り 新道坂」とも呼ばれている。旧道は約一キロメートル、今は農道となっている。
  甲州街道古道の推定 下三吹下から上三吹上まで
三吹村には上組と下組とあり、台ケ原宿の加宿であった。下組は大武川寄りの集落であったが享保十三年の大水
害によって流失し、現在の高台に移った。
甲州街道古道の推定 牧の原上から新開地まで
 昭和初年に柳沢日野春線が三吹地内を通じ、国道と十字交叉したため武川銀座といわれるように商店街として発展した。相和三十四年の七号台風によりすっかり流出したため、大武川橋が旧道より西に寄って架橋されたため、旧道は行きづまりとなっている。

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