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江戸時代に語られた甲斐武将たち『日本随筆大系』 小幡勘兵衛景憲の養子 三省録(志賀 忍)
 小幡勘兵衛景憲が実子なきを以て、何某の次男を養子としける。そのころ若輩の面々は、丹前風とて髪の結やうより大小衣類にいたるまで、異様なる風俗なりし、小幡が養子も若年のことゆゑ、その風をまなびて、鏡二面を用て髪つくろひけるを、父景憲とがめて申は、若輩なれども武士の家に生るゝ身として、二面の鏡もてかたちつくろうふこと、遊女野郎の所為なりと立腹し義絶せられけり。この人武功におゐては人のゆるせし事なり。乱舞も巧者にて、その外細工もよくせられたり。
  (『明良洪範後編』)
 
 江戸時代に語られた甲斐武将たち『日本随筆大系』 一条次郎頼忠(忠頼) 三省録(志賀 忍)
 甲斐源氏一条次郎頼忠謀反の企あると聞、鎌倉殿(頼朝)これを誅せらるべきと、壽永三年(1184)六月十六日殿中において誅したまふ。《中略》頼忠が侍新平太、同武藤與一並び山村小太郎等、事の起こると見しより、面々太刀押取侍所の上に乱れ入る。中にも山村小太郎なども寝殿ちかくはしり入、天野藤内遠景かたはらなる大魚板を以てこれを打つと云々。
   (『武道兵語抄』)
 
江戸時代に語られた甲斐武将たち『日本随筆大系』 武藤修理亮 三省録(志賀 忍)
 武藤修理亮は武田信玄につかへて、槍をあらはすこと三十七度、分捕功名数しらず。信玄、勝頼二代の感状を得ること四十二通あり。勝頼戦死の後、小田原にゆき、関東の人に千騎に一騎とほめらるゝはたらき度々あり。小田原北条滅亡の後浪人せしが、福島左衛門大夫まねきむかへて、三千石の所領をあたへたり。関ヶ原一戦のみぎり、度々の功名をあげてかぞへがたし。元和四年正則滅亡の後、また浪人の身となりて、大津浦にまづしくくらし、馬の沓をつくり世わたりとす。折ふし上手にて、馬士ども武藤沓といひて用ひけり。人みなこれをわらふ。ある人いさめて曰、武具馬具を沽却そて世わたりの助とし給へ、武器(?武藤)沓と名をよばはるゝは恥なりといひけれども、かってきゝいれず、はたして加賀利常卿より三千石をたまはりて、武藤沓の恥をすゝぎ、一生槍の場数をいはずして老年を終る。 (『新武者物語』)
江戸時代に語られた甲斐武将たち『日本随筆大系』 井伊兵部少輔直政かたられしは、三省録(志賀 忍)
 むかし東照宮、甲州若神子の於て北条氏直と御対陣の時、ある夜大久保七郎右営門忠世かたより、只今若き衆うつよりてうまき料理に候、早々御出あるべしと申こさるゝにより、急ぎゆくむかへば、陣屋の出座に火をたき、自在鎰を下して、平鍋にふつゝかなるをかけて、根芋の葉も茎も、ともに糖味噌にて煮たるなり。座中には鳥井新太郎忠政、石川長門守康道、本多彦次郎康重、岡部彌四郎長盛、大久保新十郎忠隣など、焼火を取り囲み居らるゝ。七郎右衛門座をひらき、萬千代殿これへく
と請ぜらる。其芋汁いまだ煮えざるを、手々に椀を盛、舌うちして食ひけり。直政へも椀に堆盛てあたへたるをとり、少し喰けるに、殊の外あぢはいあしく、、食するに耐え難がたく、下にあきて居ければ、流石萬千代殿は、若き衆にて華美まりとて、みなく数椀あらそひ喰ける。七郎右衛門曰、萬千代どのいか
ゞして食し給はぬやとなり。これに少し醤油を入なばよかるべしと挨拶す。みなく申やう、それは奢なり、左やうなものが、今こゝにあるべきかとなり、又七郎右衛門申すは、いづれもよくこゝろえられよ。この芋汁の味のわるさをみな賞翫せられ候。手前の士卒これをさへ食することならず。わずか三合の米煮るもせぬ黒米を食ひ、寒苦をしのぎ、暑熱をいとはず、白刃に身をくだき、主人のために命をなげうちて、其ものゝ切なるところ、武道義理により、百姓はまたかやうのものを作り出し、辛苦して主君に収納し、士卒をやしなひ、かやうなるものもおのれが口に入ることならず。妻子も飢寒に及べり。さあらば大将たる人は、そのこゝろあるべきことなり。今屋形さま次第に敵国を多くしたがひさせ給はゞ、おのく大名になるべき間、只
今の芋汁の味を忘れず、士卒を撫愛し、百姓を隣愍あるべきなり。もしこのこゝろわすれ給はゞ、武道おこたり、君臣の義もうすかるべし。屋形様つねずね武道わするべからずとおほせらるゝはこゝなり。臂をはり眼をいからすといふにあらず。家業をつとめよといふことなり。家業の第一は士卒を愛するなり。さなければ大事の用に立がたしといひしを、今耳底に残りて感ずるとなり。(『故老諸談』)
 
江戸時代に語られた甲斐武将たち『日本随筆大系』 馬場美濃守 三省録(志賀 忍) 
(前文略)甲州の武田信玄の家老の中にて、、別て弓矢の巧者と名を呼ばれし馬場美濃と申たる侍は、戦場常存(在か)申四字を書き、壁に懸置て、平生の受用と仕るよし申傳ふるところなり。初心の武士心得のため仍如件。(『武道初心抄』)
 

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