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江戸時代の甲斐伝説と民話、秋元但馬守 半日閑話(大田覃)
若君様御着袴御規次第
若君様御名代 秋元但馬守(他二名)
右紅葉山 御宮え参詣
右御太刀目録 秋元但馬守
二月三日御能組
時服六つ 秋元但馬守
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江戸時代の甲斐伝説と民話、大磯小磯 (大田南畝)
相模国の大磯小磯は人みな知る所なり。甲斐八代郡川内領に大磯小磯村と云うあり。山田茂右衛門御代官處なり。
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江戸時代の甲斐伝説と民話、誰やらのはなし大井佐太夫殿 八水随筆 著者未詳
予がしれる大井佐太夫殿の申せし御方、甲州の族にて、花菱を紋とす。此家に勝頼の備前徳あり。先祖の器とては是ばかりなれども、用なしとてわらはれぬ。
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江戸時代の甲斐伝説と民話、近代俗書真偽 甲陽軍鑑 蘿月庵国書漫書(尾崎雅嘉)
(前略)百年以後にかきたる印行の記録、諸家よりいでたるは、各自の事故連続せざるより、すたり行になろこそ残多けれ。甲陽軍艦あやまり多しといへども、質にして事実多し。しかし是は甲州流、北条流、山鹿流など、小幡氏の跡をふめば今にすたるに、是さへ武田三代記出るになりぬ。甲陽軍艦にあはすれば、通俗のもの見るやうにて、二度とは見るべくあらず、云々
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江戸時代の甲斐伝説と民話、秉燭翁像 桂林漫録(桂川中良)
近来、甲州酒折宮の(日本武尊を祭る)本社の傍らに祭る所の。秉燭翁の社の扉に刻する像なりとて。流布する図あり。
秉燭翁像図(略)
深衣の如き服を左巻まきに著。
(或人、続日本記養老三年の詔を引。上古は左まきなりし證とす。笑う可し。左まきの詔。愚考あり。)
幅広の如き物を頭に頂き。渡唐の天神と称する物の形に似たり。甲斐名勝志(甲州、萩原元克著)見に。彼像の説を載せさる故。彼邦より薬石を鬻に来る。阿蔵なる者に質(たた)せしに。果して跡形も無き譌物なり。此像を見んとて。好古の人間尋来る事侍りと語りき。全く奇に誇らんと欲る。好事者の所為と見ゆ。憎む可く冤(うら)む可し彼社。尊の燧袋(ひうちぶくろ)を神体とする由。是は虚説にあらず。阿像帰国の後。其図を送り越す可しと約しぬ。
江戸時代の甲斐伝説と民話、日本武尊 向火
酒折宮の因みに記す。日本武尊。駿河国に至り給へる時、夷等尊を欺きて野中に出し奉り。枯草に火を着て。焼き失ひ奉らんとす。時に尊。御姨。倭比売命の賜ひたる火打袋より。(是酒折宮の神体なり)燧を取出し。御剣を抜て草を薙拂ひ。火打ちにて火を打。向火を着て焼退け。還出て夷どもを切滅し給ふ事。云々
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