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寛文7年(1677) 26歳 句集「伊勢踊り」
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山口素堂発句 雨に打たれあなむ残花や兒(ちご)桜
寛文7年(1677)句集「伊勢踊り」
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山口素堂発句 かへすこそ名残惜しさハ山々田
寛文7年(1667) 句集「伊勢踊」
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江戸時代に語られた甲斐武将たち『日本随筆大系』 小幡勘兵衛景憲の養子 三省録(志賀 忍)
小幡勘兵衛景憲が実子なきを以て、何某の次男を養子としける。そのころ若輩の面々は、丹前風とて髪の結やうより大小衣類にいたるまで、異様なる風俗なりし、小幡が養子も若年のことゆゑ、その風をまなびて、鏡二面を用て髪つくろひけるを、父景憲とがめて申は、若輩なれども武士の家に生るゝ身として、二面の鏡もてかたちつくろうふこと、遊女野郎の所為なりと立腹し義絶せられけり。この人武功におゐては人のゆるせし事なり。乱舞も巧者にて、その外細工もよくせられたり。
(『明良洪範後編』)
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