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金丸信自伝(昭和58年刊)
はしがき
 早いもので昭和三十三年に衆議院に初当選して二十五年の歳月が過ぎた。永年勤続議員表彰に対する謝辞にも記したが、あらためて、今日まで御支援をしていただいた郷里の同志各位とわたしを導いてくれた諸先輩にただただ心から御礼を申し上げたい気持ちでいっぱいだ。また、わたしが安泰に政治生活を送れてこれたのは武田信玄公の言葉にあるように、〝人は城 人は石垣 人は掘 情は味方 仇は敵なり〃で人と人とのつながりをだいじにしてきたからだと思う。
 そこでわたしは今日、二十五年の政治生活と青少年時代の思い出をふりかえり、一冊の本にまとめるにあたり、信玄公の言葉を引用して〝人は城、人は石垣、人は掘〃を題名とした。大衆に親しまれている郷土の歌〝武田節〃は〝人ほ石垣 人は城〃と唄いやすいような歌詩になっているが、信玄公の言葉はこの題名が本当である。
 昭和四十七年、保利茂幹事長の推せんで党の国対委員長になって以来、我が家には夜討ち朝駈けで記者諸公が出入りするようになった。朝晩ではわたしも大変だし記者諸君も大変だろうということで、わたしの懇談は朝ということにいつとなく決まった。
 家内が甲州名物のほうとう(みそ煮込みうどん風のもの)をつくったり、そばをだしたりパンをだしたり、朝食をとりながらわたしと朝懇談をやる。中にはわたしの話ではなく、家内のつくるほうとうを目当てにおとずれる人もいるのではなかろうか。
 わたしは国対委員長になって以来、十年近く、閣僚になったりほとんど何かの要職についていたこともあり、この習慣が定着した。現在、「オレはいま何にもしていない素浪人だよ」といっているが、その〝素浪人の放言〃を目当てに昔からのなじみが三々五々と朝懇に訪ねてくる。
 そんな中で、読売新聞の高橋利行記者とは国土庁長官の暗からの付き合いで、かれこれ十年近くになるが、所属クラブが異なってもわたしの家を訪ね続けてくれた。朝の懇談は、時の政治の動向や方向が中心だが、連日の中には雑談もかなりある。昔話もでれば、他人には言えないような、オフレコの話も出てくる。
 高橋君は永い間、そんなことを含めてメモにしてくれていて、二十五年の表彰を受けるにあたって「先生のメモがこんなになりましたヨ」と教えてくれた。
 そこで、二十五年の表彰を受けるにあたって、それをもとにあらたなメモも加え、彼の協力を得て今回の出版とあいなった次第である。
 金丸信という人間を永い間に多くの人に知ってもらったが、それが政治の場だけであったり、陳情の場だけであったり、酒を汲みかわす場での関係であったり、その場でのわたしの一面を知る人たちは多くあっても、多面にわたるわたしを今日まで知らずにお付き合いを願ってきた人たちの方がやはり多いと思う。そういう意味でわたしの他の孟を、この本から多くの人たちになお、知っていただければ、人間関係をだいじにしてきたわたしにとって、この上もない喜びである。まずは御一読願います。著者
 
山梨歴史講座  甲府勤番制度の実体
 参考資料 『甲府勤番帖』竹内勇太郎氏著 昭和52年刊    東邦出版社
 
 この『甲府勤番帖』は小説である。しかし導入部分は正確な資料に基づいている。またこの項は続行する。種々な資料を提示するので、甲府勤番制度についての適切に判断していただきたい。
 
 幕府御用部屋の記録のなかで、甲府勤番にかんする資料をみると、次のような一節がある。
 一、寛政三(1791)年四月大手支配望月良重、領内見廻りの途路、落馬重傷。
 一、享和二(1802)年二月山手支配国村右京、病弱の為、御役御免。
 一、文化六(1809)年六月山手支配松本定久、着任後三ケ月にして、凶徒の為、
                                            甲府城下柳町地内に於いて重傷、半年後死亡。
 一、文政六(1823)年八月大手支配安藤直次、領内東山梨郡地内笛吹川に遊泳中溺死。
 一、天保二(1831)年一月山手支配佐野時春、病状思わしからず御役御免。
甲府勤番支配というのは、長崎奉行をはじめ、山田、奈良、日光などの遠国奉行職の一つで、天領である甲府城の守護、城下の管理、府中(甲府市街)の行政、弓、鉄砲などの武器の整備などを掌握する役目である。
 その配下には、江戸から送られた二百名の旗本が勤番士として勤務し、その下に相当数の与力、同心、小者が配されて、甲州二十四万石の守護行政にあたっている。勤番士は原則的に五百石以下二百石までの旗本で、その宰領である勤番支配は二名で、大手、山手にわけて担当、禄高は三千石内外の旗本が就任し、それに役料千石がつく。
ところで、前記、御用部屋の記録にみられるように、勤番支配の事故が非常に多い。詳細に調べてみると、これ以外に暴漢に襲われたとか、狩猟の途路崖から落ちたとかいう、身辺上の奇禍が多い。
 病気になって側役御免を願いでる勤番支配は、本当は病気ではなく、身辺の危険を感じて、それを理由に江戸へ逃げ帰ったとみていい。
 その理由は、部下の勤番士にあった。甲府勤番という制度は、享保九(1724)年三月、当時の藩主椰沢甲斐守吉里(吉保の嫡子)が、大和郡山へ転封になってからのもので、二名の勤番支配と同時に二百名の旗本を赴任させたのがはじまりである。
はじめ、甲州が天領になり、勤番士ら二百名を現地に送りこむという噂が、旗本の間に知れわたった時は、大変な騒ぎになった。旗本八万騎といわれているが、その実数は旗本五千二百五人、お目見以下の御家人が二万七千三百九十一人、合計二万二千六百人程度である。このうち勤番士は、五百石以下二百石というので該当者とされる者が約三千人程度になる。これらの連中が必死になって、老中をはじめ公儀の要路に贈物をしたり、嘆願書をだしたりして、なんとか甲州行きからのがれようとした。
 なぜ、これほどまでに甲府勤番が彼らに忌嫌われたのであろうか。
 その理由の第一は、当時の甲府という土地柄にあった。江戸からおよそ二十六里、甲府までの間には、小仏、笹子の二つの峻険な峠を越えなければならない。一方、甲府盆地はともかくとして、その上、土地は一面未開の山岳地帯で、その上、土地はせまく、寒暖の差がいちじるしい。それだけに地味はやせ、領民の生活は貧しいために気質は荒々しく、しかも狡滑で油断ができない。
 さらに甲府盆地には世評いわれるところの狂暴な甲州博徒が幅をきかし、山岳地帯にはいまだに野盗の集団や山嵩が跳梁している。その上村々には「ご牢人さま」と奉られている武田家の遺臣、残党が、無気昧な視線で勤番支配の行政ぶりをみつめている。
 それだけに、華やかな江戸風俗になじんできた旗本たちの目には、甲府がまるで地の涯のような、ぞっとするような荒涼の地にみえた。さらに彼らをふるえ上らせたのは、宰領の勤番交配は、着任後数年で、小姓番頭とか、長崎奉行とかに栄転するが、その下の勤番士は、転任の道がとざされ、終生を勤番士として骨を甲州に埋めるということにあった。
 「甲府勤番 島流し」
この言葉が生れたのも当然のことかもしれない。それだけに、老中をはじめ、評定所一座もいつも人選で困りはてた。結局、その過去において、なんらかの罪状、悪事、不届の行跡を残した旗本たちを、一種の追放懲罰の意味を含めて甲州送りにすることになった。
 上司にたいして不敬反抗を働いたとか、芸者や遊女に迷い放蕩の限りをつくしたとか、博徒に交って自分の屋敷で賭博を開帳したとか、とにかく、放埒無頼のやくざ旗本か、あるいはまた反体制の男たち、いわば「旗本愚連隊」「旗本やくざ集団」という色彩さえみせることになった。
 一方、宰領の甲府勤番支配は、いわゆる大身旗本のエリートで、数年で幕府要路のポストが約東されているだけに、いずれもお役大事に、謹厳実直に勤め上げる、典型的な官僚である。
 絶望的なやくざ旗本たちを指導監督するのに、官僚の権化のような大身旗本ではうまくいくはずがない。きびしく取締れば、どんな復讐が待ちうけているかわからない。さわらぬ神にたたりなしで、歴代の支配たちは、部下の勤番士の非行や放埼をみてみぬふりをするということ,になった。当然のことながら、甲州は悪政と綱紀の紊乱が目にあまるようになった。
 苛酷な年貢の徴収に、農民たちの怨嗟の声がみなぎる一方、豪商や大地主と結びつく腐敗しきった代官や目明したち、それに反駁する甲州博徒や武田の遺臣。まさに天保年間の甲州は、不穏な空気が充満し、一触即発の危険地帯であった。云々
 

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