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2012年04月

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白州町の神社 宮(みや)
「宮」とは神祭の場所に、時によって臨時の屋舎を設けたものをいったのであるが、後には祭祀のために常時屋舎を設けたものまでいうようになった。この宮の最初の彩態は御神体、御霊代、御神宝を奉安する所をいったのであるが、さらに神祭のために設けられた仮りの屋舎を指すように変化し、時代の経過とともに祭礼も順次恒例化が進み、やがて官も定着化したのである。
当初一度行なわれていた「新嘗祭」から年二度行なわれる「祈年祭」と「新嘗祭」となり、さらに春夏秋冬の四度の祭から年十二回の「月並祭」となり次第に二十四回行なわれる祭にふえるに従って、臨時の仮宮から順次常設の「宮」へと推移していったものとみられる。このことは経済的理由もあって、初期のころには中央において多く行なわれていたが、やがて各地に集落がおこり、信仰心が高まるに伴なって地方にまで波及していったものと考えられる。日本固有の神社建築は、古来素朴で
あったが、飛鳥時代以降においては寺院建築の壮大さが、神杜建築にまで影響して、その建築様式も次第に壮大になっていった。「延喜神名帳」によると、「宮」と称することを許されていた神社は、伊勢の大神宮(皇大神宮)と度会宮(豊受大神宮)のほか九社あり「神名帳」に載っている全国の神社数は2861社で、前記11社以外はすべて社号で呼ばれていた。これらは平安初期にかける国家公認の神社であり、このほか地方にも数多くの神社があったと考えられる。

白州町の神社 社(やしろ)
「社(やしろ)」とは神祭の場まつり所そのものをいったのである。この祭祀を行なう所としての意味で「祭所」「祭庭」という言葉も使われている。また神を祭るために斎み清めた所という意味で「由庭」「斎庭」「忌庭」という言葉を使っている古文書もある。従ってこの社は、神を信仰する人々が集まり、「神官(かんづかさ)」によって荘厳に祭儀が行なわれる神聖な場所であり、この場所を象徴する神の森は、清浄な神域であることを示し、「社」に繁茂する樹木は神木として神霊視され「社」と不離一体のもので、信仰のうえで大きな意味を持ち、大切にされてきたのである。

白州町の神社 神社の起源
原始宗教時代から培われてきた神を、身近に招致して祈願しようという願望が、やがて神域を設け社殿を造営し、そこに神を祀るようになっていったものである。その原始的な形態として神籬(ひもろぎ)と磐境(いわさか)とがある。神籬の「ひ」は霊のことで霊力を表わし、「もろ」はもりのことで、神を宿し留める木のことを言うのであり、この神籬に神をお招きして祭を行なったのである。また神を宿し留める木を「榊」ともいう。「古事記」の文中にある「賢木」は常磐木のことをいい現在の榊のことであるが、それを根こそぎ堀り出してそれぞれの枝に玉や鏡や和幣(木綿のことで、麻の繊維で織った布のことであり、後には紙が代表された)をたらして、天降る神霊を宿らせるための神事に用いられたのである。また「磐境」は神籬と同じように用いられており、その実体はよくわからないが、神を宿るため岩石で囲んだ神域であると言われている。
神殿を建てて神を祀る以前の風習として、これらの「神離」や「磐境」が用いられ、野外に祭場を設けるために榊や岩石が使用されたのである。
原始時代においては、神は天界や山頂や樹木等にとどまっているものであると信じられていたものである。この神秘な超自然的なものを畏怖し、超自然的神威に依存し幸を願うことは人類自然の願望であった。この願いをかなえるために神籬や磐境が設けられ、そこに神が宿るものと考えられていた。従って最初は神の常住する座である建物を造ることはなく、時に応じ神に祈願し、祭儀を行なうために神離や磐境が設けられたものである。このことは、現在でも神をまつる本殿をもたない拝殿だけの神社があることでわかるが、その例として近くでは長野県の諏訪大社がある。
現在では、神社のことを「お宮」とか「お社」とか呼び、ほとんど同じ意味に用いられているが「神名帳」の記載などから見れば、古代中ごろまでは次のような意味でこの言葉は使われていた。

白州町の神社
神社の歴史 原始宗教
人間の生活にとって自信と信仰は不可欠の要素である。人類未開の時代には太陽が東の空に昇ることから月の満ち欠けなどにまで、崇高の念を払い、噴火や暴風などの自然の猛威の前には生命の安全を祈り、山、川「草、木、石などを神聖視した。またその時代はまだ精とか霊というものを考えず、自然や自然現象を単に外観的にとらえ判断したため、山、川、草、木、石から鳥獣などの自然物をはじめ、風、雷、火や太陽、星などの自然現象や天体運行まで、すべて神意による神の仕業と解釈した。この不可思議の現象に対して恐れと畏敬の念を抱き、時には喜び時には不安感を増す神威的現象に対して、自らを慰め、自らを安んぜるために生まれたのが原始宗教だと考えられる。
このように自然の驚異と自然崇拝から発生した原始宗教はやがて心と肉体・霊魂と物質という二元的考えにたって、諸現象の根底には霊威を引き起す霊魂とか精を認めた。精霊信仰。即ち山には山霊があり、川には川の精があるようにすべての自然物や鳥獣に至るまで霊や精が宿るものと考え、また民には風霊、・火には火霊があるように風、雷、火、太陽、星などの自然現象に至るまで霊魂の仕業と考えて霊魂の存在を認めた。そしてそれらの霊魂は絶対的な力を現わすものと考えた。この超
人間的霊威現象に対して、神への融和。と慰撫を図り、自らを安んずる心情と行為が原始宗教となり、信仰行為となったが、時代の推移とともに信仰方法もまた変遷したものと思われる。
例えば、そびえる山の峰そのものを崇拝の対象とした山岳信仰。狩猟生活中心の時代には狩猟神が、農耕中心の生活になれば作物の豊凶をつかさどる農業神がまつられ崇敬されるようになった。
縄文時代の生活が狩猟中心に対し、弥生時代の生活は稲作などの農業生産をする定着型住居群となって祖霊信仰を生み、さらに穀物の生産意欲が穀霊信仰となって、産霊神、産土神の信仰へと発展した。かくして祖霊信仰は鎮守神や氏神となり、また仏教とも結合して、今目見られるような先祖供養や葬祭儀礼へと受け継がれたものと思う。

白州町内の神社(「白州町誌」より)
【掲載神社一覧】
大武川、諏訪神社   上教来石、八幡神社   上教来石、諏訪神社   下教来石、諏訪神社   鳥原、諏訪神社
鳥原、石尊神社    鳥原、往太神社     鳥原、松原諏訪神社   前沢、正八幡神社    白須、若宮八幡神社 
白須、天白社     竹宇、駒ケ岳神社前宮  台ケ原、荒尾神社    台ケ原田中神社     花水、大宮大神社
花水、白山大神社   横手、王太神社     横手、巨麻神社     横手、駒ケ嶽神社    横手、秋葉神社
横手、津島神社    大坊、諏訪神社


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