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白州町の神社 諏訪神社
諏訪神杜の祭神は「建御名方神(たてみなかたのかみ)」である。この神社の始祖は、長野県の諏訪大社で我が国最古の神社の一つである。この諏訪大杜は古来、風・雨・水の守り神であり、また狩猟神でもある。農耕生産の守護神として崇敬されて全国的な信仰を得ているとともに、武神として武士の尊崇を得てきた。特に源氏を祖とする武田氏が、信虎の時代より信州の攻略を始め、信玄にいたって諏訪を攻略してから諏訪大社を深く信仰し、その加護を願ったために武田軍の守護神としたことや、信濃に隣接しているという地理的条件も加わり諏訪神社が氏神として祀られている。

白州町の神社 神社と祭神
神社には、それぞれの由緒によって祭神が祀られている。古く狩猟時代には狩猟神が祀られ、農耕時代には農耕神が祀られた。また武家社会では武神、町人は商売繁昌の神々などをそれぞれ祀った。従って神社や祭神には時代時代の為政者をはじめ、多くの人々の願いがこめられていた。
白州町には神杜が二十一社あるがその中で諏訪神杜が七社ある。また山々の精霊を総括支配する神として「大山祇神(おおやまずみのかみ)を祀ってある神社もある。

白州町の神社 宮(みや)
「宮」とは神祭の場所に、時によって臨時の屋舎を設けたものをいったのであるが、後には祭祀のために常時屋舎を設けたものまでいうようになった。この宮の最初の彩態は御神体、御霊代、御神宝を奉安する所をいったのであるが、さらに神祭のために設けられた仮りの屋舎を指すように変化し、時代の経過とともに祭礼も順次恒例化が進み、やがて官も定着化したのである。
当初一度行なわれていた「新嘗祭」から年二度行なわれる「祈年祭」と「新嘗祭」となり、さらに春夏秋冬の四度の祭から年十二回の「月並祭」となり次第に二十四回行なわれる祭にふえるに従って、臨時の仮宮から順次常設の「宮」へと推移していったものとみられる。このことは経済的理由もあって、初期のころには中央において多く行なわれていたが、やがて各地に集落がおこり、信仰心が高まるに伴なって地方にまで波及していったものと考えられる。日本固有の神社建築は、古来素朴で
あったが、飛鳥時代以降においては寺院建築の壮大さが、神杜建築にまで影響して、その建築様式も次第に壮大になっていった。「延喜神名帳」によると、「宮」と称することを許されていた神社は、伊勢の大神宮(皇大神宮)と度会宮(豊受大神宮)のほか九社あり「神名帳」に載っている全国の神社数は2861社で、前記11社以外はすべて社号で呼ばれていた。これらは平安初期にかける国家公認の神社であり、このほか地方にも数多くの神社があったと考えられる。

白州町の神社 社(やしろ)
「社(やしろ)」とは神祭の場まつり所そのものをいったのである。この祭祀を行なう所としての意味で「祭所」「祭庭」という言葉も使われている。また神を祭るために斎み清めた所という意味で「由庭」「斎庭」「忌庭」という言葉を使っている古文書もある。従ってこの社は、神を信仰する人々が集まり、「神官(かんづかさ)」によって荘厳に祭儀が行なわれる神聖な場所であり、この場所を象徴する神の森は、清浄な神域であることを示し、「社」に繁茂する樹木は神木として神霊視され「社」と不離一体のもので、信仰のうえで大きな意味を持ち、大切にされてきたのである。

白州町の神社 神社の起源
原始宗教時代から培われてきた神を、身近に招致して祈願しようという願望が、やがて神域を設け社殿を造営し、そこに神を祀るようになっていったものである。その原始的な形態として神籬(ひもろぎ)と磐境(いわさか)とがある。神籬の「ひ」は霊のことで霊力を表わし、「もろ」はもりのことで、神を宿し留める木のことを言うのであり、この神籬に神をお招きして祭を行なったのである。また神を宿し留める木を「榊」ともいう。「古事記」の文中にある「賢木」は常磐木のことをいい現在の榊のことであるが、それを根こそぎ堀り出してそれぞれの枝に玉や鏡や和幣(木綿のことで、麻の繊維で織った布のことであり、後には紙が代表された)をたらして、天降る神霊を宿らせるための神事に用いられたのである。また「磐境」は神籬と同じように用いられており、その実体はよくわからないが、神を宿るため岩石で囲んだ神域であると言われている。
神殿を建てて神を祀る以前の風習として、これらの「神離」や「磐境」が用いられ、野外に祭場を設けるために榊や岩石が使用されたのである。
原始時代においては、神は天界や山頂や樹木等にとどまっているものであると信じられていたものである。この神秘な超自然的なものを畏怖し、超自然的神威に依存し幸を願うことは人類自然の願望であった。この願いをかなえるために神籬や磐境が設けられ、そこに神が宿るものと考えられていた。従って最初は神の常住する座である建物を造ることはなく、時に応じ神に祈願し、祭儀を行なうために神離や磐境が設けられたものである。このことは、現在でも神をまつる本殿をもたない拝殿だけの神社があることでわかるが、その例として近くでは長野県の諏訪大社がある。
現在では、神社のことを「お宮」とか「お社」とか呼び、ほとんど同じ意味に用いられているが「神名帳」の記載などから見れば、古代中ごろまでは次のような意味でこの言葉は使われていた。


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