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http://sky.geocities.jp/meisuibnosato/clip_image019.gif桜井義令氏(文人・歌人 省費救民の建白八条 学制改革の建白)
白州町横手出身  
 嘉永二年(1849)六月二十一日、旧駒城村横手九三番戸に桜井義台(名主)・伊志子の二男として生まれる。幼少のころから学を志して精進、特に国学に通じ和歌をよくし、歌の数三万三千、長歌七百首以上。武水と号した。
明治、大正、昭和にかけての大歌人の中に数えられ、また書家としても界隈に名をなした。
慶応三年(1867)十一月、江戸の国学者平出篤胤の門に入り勉学に励む。
明治三年(1870)、国政活用の建白二十六条、
明治四年(1871)、省費救民の建白八条を県庁に陳情、また甲府徽典館に於いて郷校取立に尽力したので賞せられた。
明治五年(1872)逸武両筋(逸見、武川筋)学校世話役拝命、
明治六年(1873)小学校訓導に任ぜられる。学制改革の建白を県庁に提出。また郡下の主な神社の神官に任命された。郡下の学校の訓導のみでなく、河口、野田、そして廉学校の教頭を歴任、
明治十九年()徽典館の教員に擢でられ、
明治二十二年()と四十四年駒城村長に選ばれ、
明治三十五年()に菅原村長(官選)に就任した。
氏は謂謹に富み暇があれば近所の人々を集めて諸謹を交えて杜会学的な話をするのが得意であった。また物を大切にし、墨など竹にはさんで使えるまで使い、紙など裏表に歌や習字を書き、決して無駄にはしなかった。
偉大な国学者であり、教師であり、神官でもあったし、行政者でもあった。庭先には菅原道真朝臣の祠を建てて敬まっていたのもむべなるかなである。
晩年は風流を友とし詠歌、書道で閑日月を送る。
昭和四年()一月二十九日、八十一歳の生涯を閉じた。辞世の歌あり、
なきがらと世をばおはるかことのはを いくよろづたびくりかへしつつ
白州町白須 若宮八幡丼弁天社略記 馬場美濃守信房 白須刑部政義
甲州巨摩郡白須村
鎮座末社廿七拾余社
 
若宮八幡官丼弁天社略記
右御殿  宇佐八幡宮
中御殿  若官八幡宮
左御殿  正八幡宮
 
右両社勧請鎮座之儀往古に御座候得共、
武田家御代々様御尊敬不浅、
永禄四年武田晴信公御武運御長久之御祈願被仰付、
其節教来石民部少輔源信房公格別成御尊敬ニ付後馬場美濃守是也、
其御子孫白須形部少輔源政義公是又御尊敬ニ付、
字宮原与申所より神主石田管蔵某ニ被仰付、
當社地江被為遷朝暮御武運御長久御子孫御繁栄御社参無御怠慢御祈願被為成、
御寄附御奉納等度々被成下、
殊更白須家以御威光天正十歳乍恐東照宮様御入国御座被為遊候節、
神主石田管蔵乍恐御目見仕関ヶ原大坂両所之御陣中江も御供仕候義、
信房公政義公御威光と先祖代々申傳候、
且又慶長八年卯二月朔日御乍恐従御當家様御朱印徳證文被成下置、
猶又御四奉行様被仰付乍恐御営家様御武運御長久之御祈願奉存候、
當神主ニ至候而茂正月六日於松之御間御年礼乍恐御目見仕候茂、
偏ニ白須家御威光与難有奉存候、
猶又□(不明)金ヶ池弁天社御敬ニ而既ニ鶴(都留)郡吉町郷江為遷候事茂御座候、
信房公御手植之梨子(の木)ならび此手柏(の木)に今神木如敬ひ小枝一本折取候ものも無之、
枝葉繁茂仕候義も、
自須家御武運御長久御祥瑞と奉仰候、
神宝御奉納之儀を追々可申上候、
以上
 
甲州巨摩郡白須村
若宮八幡宮神主
石田備前印居判
案内者
原弥五左衛門
同国都留郡
吉田村  白須市左衛門
 
右者若官八幡井弁天略記被差出候之処、
甲斐守被遂一覧、
則本書を此方江被留置書面之写渡置申候、
以上
 
自須甲斐守内 九三左衛門孝俊書判
 
解説
若宮八幡宮神主石田備前より都留郡吉田村白須市左衛門宛の若官八幡宮井弁天社略記。
(略記中に)
○ 武田家代々尊敬浅からざりしこと。
○ 教来石民部少輔源信房公
―後馬場美濃守是也公
―子孫の自須刑部少輔源政義公御尊敬
―神主石田管蔵に仰付当社地に還させしこと。
○ 天正十年東照宮様御入国の節神主石田管蔵御目見仕り関ヶ原・大阪両陣へ御供仕りしこと。
○ 其の他白須家御威光と有難く存じ奉る数々記戴。
馬場美濃守信房公と白州町鳥原石尊神社
 
石尊大権現石壇・木廟修理願
乍恐以書付奉願上候
當御支配所鳥原村石尊大権現在、
武田家四臣内之馬場美濃守要害城ニ而右北之沢を城之沢与申、
其北之方ニ平之地あり是を陳場与唱来り、
本城から居村より東之方ニ而只今ニ至り畑地之間二土堤等残り有之、
下教来石村境流川辺リニ裏門口与申名所御座候儀ニ付、
當社を古城石尊大権現与奉崇敬、毎年小祭霊三月十八日
・大祭祀七月同日ニ而別営村方福昌寺与申曹洞宗ニ而相勤、
殊ニ七月を角力興行仕来遠近夥敷参詣人郡集仕候ニ付、
既去年来在御出役等茂被成下置難有仕合奉存候、
然ル虎右社頭から甚瞼山ニ而七拾五間之切石御座候処、
當五月中節々之雨水ニ而山崩いたし、
右石壇有増欠落登山難相成大破ニ付早速御届茂可申上処、
農業芳延引ニ相成恐入候追而御願上可仕与存入候処、
俄ニ御韓役ニ而御代官様江戸表江御引取之由及承早速罷下り候旨意を本殿共ニ大破ニ相成候義ニ付
御代官様御仁恵之御威光無之候而、
中々再覆難相成義与奉存候間而営節を御用繁之虎ニ而恐入候得共不相顧奉願上候、
右願之通格別之御勘弁を以御聞済被成下置候ハゝ社頭造営相成難有仕合奉存候、以上
 
天保十三寅年  七月日     
鳥原村  名主 重郎右衛門(以下略)
 
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山梨県の森林事業は理解に苦しむことが多い
(防風林の皆伐採)
 
最近の森林事業には理解に苦しむことが多い。何十年も継続して地域の防風に役立っていた樹木(赤松中心)も数日で丸裸になる。この時点で周囲の環境がどのように変化するかなどの全く無視されている。大幡機械が木材を粉砕して、目的外不用材はその地に高く積み上げる。これには植林幼少苗木を風から守る役目はあるが、それは持ち出す費用も目的も持たないことにもある。
もともと山地や森林地帯の表土は柔らかくそのことが森林形成の大きな役目を持っている。その地にキャタビラの重機が侵入したら、それだけで自然・林地破壊ともなる。
ある書によれば、
----森林の土壌には、肉眼では確認できない小さなものから指が入るような大きなものまで、さまざまの大きさの孔隙があります。しかし、公園の土壌では小さな孔隙が多く、大きな孔隙はほとんどありません。こ札が森の軟らかさの秘密です。(略)森林の土壌は土粒子の集合体でこれを土壌構造といいます。 パンくずのように小さくたいへん炊らかい団粒状構造、
ビー玉ぐらいの大きさの丸みをおびた塊状構造、
やや小さめの角張った硬さを感じる堅果状構造、
アズキよりやや小さいくらいの、ち密で硬い粒状構造などです。
これらの構造がすべて同じ土壌にでてくるのではあリません。その場所の環境条件によって、構造の種類と量が違ってきます。それは、落ち葉などをえさにする土壌動物や微作物、木の根、そして年間を通じて年間を通じてのその場所の湿り具合いが土壌構造や孔隙をつくるのに大きな役割を果たしているからです。この構造と、それによって形成される孔隙の違いによって、足で感じる軟らかさが変わってくるわけです。特に団粒状構造は、ふかふかの土壌になります。----
森林事業への重機導入は農家のさまざまな機械導入にも比されるが、大きな違いはそれを展開する土が違うことである。最近ではキャタビラにより固められた土壌に植林されるケースが目立つが、これは事業消化作業であって、決して正常な植林ではない。また昔からの森林作業の良さも参考に、その土地と森林概要を見極めた、手作業、軽機械作業、重機作業などに振り分けることも考慮の対象になる。
 
山梨県にも多い防風林は風害による家屋や耕地への被害を軽減するためにもうけられた森林で一定の地域を対象とした基幹防風林、一定の区画を対象とした耕地防風林、家屋単位を対象とした屋敷林等がある。基幹防風林などの公益性の高いものは、保安林として自治体が管理していて、多くの場合は、防護対象となる土地利用の形態から幅の狭い帯状となっている。
この形態は北杜市には多く存在して、それは集落の財産区管理地であり、一部恩賜林も含まれる場合もある。この防風林や防風林に類する森林が格好の事業地となっている。維持管理に困窮する地域では、こうした補助森林事業は受け入れやすい。また防風林の多くは赤松林であり、虫害に侵され範囲が拡大することを防止するためにも皆伐採植林事業は地域へも説得力がある。
しかしそれは事業であって、防風林の形態変化には馴染まない。その地域の樹木が皆伐採されると地域は一変する。新に植えた桧なども、その木材使用目的は現在でも閉塞していて、成長しても木材として販売利用される可能性は定かではない。また広範囲の皆伐採は周囲の山々へ、虫害発生源を拡大させる側面も持っていて、一概に事業展開することは懸命ではない。
 法律では、公益的な防風林については、防風保安林に指定され、落葉の採取や伐採等が制限されているはずで、皆伐採は保安林の指定目的が消滅したとき(例:保全対象の集落、農地が消滅するなど)、にも該当して、本来なら公益上の理由(例:公共用道路の建設、送電施設の設置など)が生じたときに限り解除されることで、いくら行政事業であっても難しい問題を秘めている。
これについては、農林水産大臣は、保安林の指定又は解除をしようとするときは、あらかじめその保安林予定森林都道府県知事に通知しなければならない(29)。とある。防風林として戻る数十年先の間こうした法的問題はどうなるのであろうか、由々しきことである。
 
〔保安林の制限〕 
立木の伐採に関しては都道府県知事への届出(一部については許可)が必要となるほか、家畜の放牧、下草・落葉・土石・樹根の採取、土地の形質の変更(掘削、盛土等)については都道府県知事の許可が必要である。 立木の伐採の強度や伐採後の植栽の方法等に関しては、保安林に指定される際、森林毎に要件が定められる。
 
〔水源かん養機能〕
森林への降雨は、樹木の樹冠や森林土壌などで滞留し、河川への流出量や流出時間がコントロールされる。また、一部は地下の地層や基岩へ浸透し地下水を形成する。森林自体は、水を生産する能力がない上、生理現象により水分を放出、消費するため、その機能には限界があるが、水源林として整備された森林を流域に持つ河川では、渇水時にも水量が確保されることが古くから知られている 
 
〔日本の水源林〕
森林法の保安林制度に基づき、伐採や開発行為の制限などが行われる水源涵養保安林に指定して保全を図っている。2006現在、日本の森林の約45%にあたる1,142万haが水源かん養保安林に指定されている。ダム湖の周辺山林も対象となる。
後背に山地を抱える都市部では、水源の安定確保を目的に水源林の整備が行われている。東京都や神奈川県の例では、県境を越えた山梨県内のそれぞれ丹波山村、小菅村、甲州市(多摩川水系)、道志村(相模川水系)などに森林を確保して保全を行っている。

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