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白州町上教来石 地蔵菩薩坐像
古来一仏三菩薩といわれて、阿弥陀・観世音・地蔵の三尊は、庶民信仰の中心として、現世はもとより死後までもと、二世にわたるご利益を求めて信仰されてきた。上教来石の国道二十号線沿いの一角に、近郷希れにみる巨像がその地蔵菩薩である。この地はすでに江戸初期から信仰上の聖域とされ、多くの石造物が奉祀されていた場所である。
地蔵菩薩坐像は、すべて安山岩製で総高二、〇五メートル。
上教来石地蔵菩薩坐像は、左手宝珠右手錫杖の一尊通途の丸彫像で、坐高は〇、八七メートルにも達する巨躯である。衣を通肩に着けた両肩を強く張る怒り肩で、膝張が大きく、その上肩先は頭頂と膝の両端を結んだ線に接し、しかも、その二線は膝張と等長で、輪郭はまさに正三角形となり、きわめて安定度の高いお姿である。さらに側面感も適度に奥が深く悠然と構えた姿態をみせる。ご面相も直線的な鼻梁、半月形の層、眺の気持上った切れ長い眼、笑を含んだ口もと、豊頬で巨耳、膨大な耳梁、すべては円頂慈相の一語に尽き、限りたい魅力にとりつかれる。
台ケ原 松尾大明神石殿 高遠石工の傑作 施主北原伊兵衛延重
石殿のほとんどは切妻型である。下教来石・諏訪神杜境内の一群は、寛文八年以降元禄・明和・安永・天明・天保と百七十年にわたり、また鳥原・松原諏訪神杜のものは、建立年次も享保十四年(一七二九)以後宝暦・文化・文政・嘉永・文久と、これまた百三十年の幅をもっている。
松尾大明神石殿は豪華な一間社流造で、棟高二、〇三メートル。屋根の前面に千鳥破風があり、向拝には軒唐破風がついている。身舎の柱は・円柱、四面に縁長押、内法長押をまわし、柱問に頭貫を通し、先端を木鼻とする。架構は二手先斗供で、正面を蛇腹支輸、側・背面は波形彫刻付の支輪とし、中備には四面とも慕股を入れる。また、正・側面に勾欄つきの縁をめぐらし、両側の後端には脇障子があったが現在は失われている。なお、回縁は二手先の詰組で支えられ、斗栱には募股が挿入されている。正面に擬宝珠つきの登勾欄がある階段を設け、階段下には浜床がある。軒は二軒繁垂、妻飾は虹梁大瓶束式、束の下端は結綿、上部は斗棋を組んで化粧棟木を受ける。破風には鰭付のカブラ懸魚をつける。向拝柱は几帳面取の方柱で、桁行に虹梁を架し先端に彫刻をつける。軒唐破風には飛鶴の兎毛通がつけてある。
軸部の銘では建立年次は明らかでないが、たまたま、荒尾神杜入口の石灯籠の施主「北原伊兵衛延重」の刻銘から、この石殿の願主とその男「伊兵衛」、「延重」と想定され、したがって嘉永五年(一八五二)か、その前後に近いころの竣工と推定される。この石殿は、繊細の中に豪荘さを保ち、煩雑に陥らず大道をふまえたもので、信州高遠大工の技をうかがわせる石造建築の傑作として推賞できる。
 
白州町鳥原 福昌寺石廟(石室)
石廟は石堂、石殿は石祠と同義とし、それぞれ主として仏寺、神霊の関係とみられるが、屋根の形態からは三種となる。
入母屋型(花水・清泰寺石廟寛永六年・一六二九)
切妻型(下教来石・皇太神祠寛文八年・一六六八)
宝形型(横手・安福寺石室宝永七年・一七一〇)
石廟の造立は江戸初期に多見されるが、在銘の遺構が少ないなかで、鳥原.福昌寺惣墓に寛永二十年、寛文十一年の二棟が並立する。入母屋型で、軸部正面に大小の方私、猪目形の窓を開き、その両面にそれぞれ銘を刻む。基礎の前面に階段を造り、入念なものにはその両側に献華のための花瓶を造設することがある。この種の石廟の軸部には四面とも上部に多くの五輪塔を刻出、その下部仏・菩薩名、法名、経典名などが墨書きされる(御岳羅漢寺石廟)ことがあり、白須・自元寺石廟をはじめ、清泰寺石願などほとんどにあったであろうが、経年の風化で消減したと思われる。廟内奉祀の祖霊に対する供養のためである。
 
白州町花水 清泰寺石灯籠
法堂に近く岩座状の基礎に立てられた安山岩製、高さ二、○メートルの遺構である。基本は四角型であるが、屋根と中台にすぐれた建築の手法と彫刻が施された点に最大の特色が認められる。
「文化七年午歳三月十七日十九世大燈代」(一八一〇)の銘をのこすが、この地方における、化政期文化の一端がしのばれる。 
やがてこの風土の中に下教来石・諏訪神杜本殿、鳥原・石尊神杜本殿及び上教来石・教慶寺所蔵一間厨子などの、立川流の建造物へ志向する気運をもたらした。
白州町台ケ原 荒尾神社 石灯籠 施主北原伊兵衛延重
 
嘉永五年(一八五二)のものはこれに接して建てられ、総高二、〇五メートル。竿と基壇の問に猫脚付の基礎を入れ、宝珠に目立つ請花をつけたところに新味があり、竿を低く形の曲率を増して全体感に配慮のあとがうかがえる。この灯籠に前後して、県下には各部の平面を円形とした遺構が散見されるようにたる。竿に次の銘がある。
嘉永五年歳次
献奉
壬子九月祭日
石灯一基
施主北原伊兵衛延重(七賢の祖)
 

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