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白州町台ケ原 荒尾神社石灯籠(台ケ原)
石灯籠は、仏前に献灯する器具として、仏教とともに朝鮮から輸入されたと思われるが、後世は神前にも建てられた。古くは正面に一基を原則としていたが、室町末期から左右に一対を供えるようになった。
当町所在の遺構には四角型及びその変形などからなる江戸期のものが多い。
当社では杜の入口に宝暦、嘉永の二対が注目され、いずれも安山岩製の優作である。宝暦十三年(一七六三)のものは高さ一、九七メートルで、古屋八右衛門、石原作左工門両氏の寄進で、すこぶる垢抜けした遺構である。中台の側面には花菱を中心として左右に優雅な唐草の文様を薄肉で現わし装飾とする。屋根の反りや降り棟の曲線などに軽快感をみせ、載せられた宝珠とよく調和が保たれている。

白州町花水 清泰寺宝篋印塔 高遠石工平右衛門周平の作(推定)
清泰寺の宝篋印塔は、安山岩製で総高五、一五メートル、同寺の総門近くにあって堂々とした塔姿をみせている。構成は安福寺塔の上敷茄子にあたる部位の四隅に円柱を立て、頭貫を通し、それらに囲まれた東・南・西・北の四面に、光背付厚肉彫の尊像を安置する。さらにその上層には、斗棋に支えられた勾欄付の縁をめぐらした塔身の寵部に、両開き石扉を釣りこんで、内部に蓮座付の月輸を設け、そのたかに朱彩された金剛界四仏の種子を配刻している。
基礎の側面や敷茄子には、全面的に多彩な彫刻を施し、蓮弁にもすぐれた彫りをみせ、また、反りの強い軒、二重桂、飛鶴の兎毛通をもつ軒唐破風を設けるなど、細部にいたるまで至極入念に造られ、さらに相輪や宝珠も豪放大胆に表現されているが、全体的によく調和の保たれた遺構である。この宝篋慶印塔で特に注目される点は、四方仏の配列や対置された尊容についてである。密教においては金胎両界の別はあっても、大日如米の理・智の二徳を両部に分けただけで、所詮は同一のものである。四仏は安福寺塔や来福寺塔のごとく、いずれも東方から逐次南・西・北の順に配置するのが通例であるが、この堵に示された種子は金剛四仏ではあるが、一見原則を破って逆に配刻されている。種子と像容を併刻するのは、木造塔の内部に仏像を安置すると同煮に解されるが、平安時代に始まった密教の場合は、金胎を問わず四仏に菩薩像は含まれない。全国的には時に四仏の一を地蔵あるいは観音に替えた例もあるが、この塔では南方に菩薩形(聖観音か)、さらには北方に僧形(弘法大師像)までも刻出しているのはまことに異例というべきである。昔は宗派の別が確守されず、また、顕密二様を行ずる僧侶も多かったが、清泰寺塔は江戸末期文政六年(一八二三)の落慶である。
基礎の側面に造年次と、浄財を喜捨された信者多数の芳名が刻まれているが、現在石工が判然としないのが惜しまれる。
ちなみに小渕沢町矢ノ堂宝篋慶印塔は、文化十年(一八一三)の竣工で、尊像安置の個所に丸彫に近い十六羅漠像がみられるが、技法の上から共通点が多、清泰寺搭もあるいは同様、高遠領の石工「平右衛門周平」の手になるものと推定されなくもない。この周平は、来福寺地蔵尊の作者でもある。


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