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上さんは今日は休み。 |
つれずれ日誌
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昔、不眠症で日中神経が高ぶっていたような時は手が震えて、良く店でカードを作る時の申込書に字を書こう
としても字が書けなかった。1年ほど前からは日中の神経の高ぶりが収まりうまく書けていた。
ところが最近仕事でも私生活でも字が上手く書けなくなってしまった。
会議の席などでメモを取るのだが、書いた字は全く読めない。
ゆっくり書いても書けないののだから尚更だ。
特にこの1年は字などは殆どワードだから尚更である。
話は変わるが女性の場合は別として、男性の字の上手さは顔の良さに比例していることが
この30年近くの社会生活の中で分かった。上手い人はそれなりに良い顔だが、悪い人はそれなりの顔をしてい
る事が分かった。自分は筆圧が強く学生の頃には中指にタコが出来るほどであった。
自分は暗記物などは書いて覚えたから尚更である。
いつもすらすらと上手い字を書く人のはものすごく尊敬の念を持っている。
良くバラエティーで漢字の問題をやっているが、麻木久仁子や、宮崎何だっけ忘れたなどはあんな漢字良く書け
るものだと感心してしまう。
もう自分は難し漢字をかけたとしても酷い字である。
今日もある申し込所に住所と氏名等を署名したが、意識過剰になり全く思う様に書けなかった。
とにかく人前での字の書き方は苦手である。
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散髪に行った。
整髪は5分と掛からなかった。
何時も横と後ろだけをカットしてくれるように頼む。
ハッキリ言って頭頂部の髪の毛は殆ど伸びないのだ。
頭皮も堅いし、完全に死んでいる少ない髪の毛がのっかってる感じである。
そのため頭頂部の少ない毛はちりじりになって直毛にはならないのである。
今から12,3年前近くの床屋に行ったら店員が「だんな、来ましたね」と言われてからは
年々髪は薄くなり現在に至っている。20代の頃はまさか自分がはげるなんて想像もしていなかった。
でも仕方がない。散髪の時間はひげそりも含めて約12分で終わってしまう。
時間が短いものは安くしてもらいたいものだ。
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一時は66kまで落とせたのに
最近の健康診断で70kを超えてしまった。
昨年の今頃は必死でダイエットしていたのにあの苦労が水の泡である。
原因は酒であることは分かってはいるのだが
どうしても仕事帰りにスーパーに行ってしまう。
飲んでる焼酎は合成酒の35度でカロりーが100ml当たり200kカロリーと何と普通のビールの4倍もある。
自分は糖質0のビールを何時も飲んでいるがそのビールに比べると10倍のカロリーの高さである。
この頃は昨晩どうやって寝てのか記憶が定かでない日がほとんどだ。
たかが2,3時間の快楽のために翌日は体が重く、気力も無くなってきた。
自分の家は会計は別々なので正直、酒代、つまみ代にどれだけ使っているのか分からない。
借金しない程度に使ってしまう。
仕事のストレスから飲みすぎているのではなく、ただ単なるアル中である。そしてニコチン、薬中である。
検査の結果は一目了然で、肝臓のγGTPは軽く300を超えているし、そのほかにも痛風、糖尿気味である。
全ての根源は太りすぎなのである。
太っているとあらゆる病気が顔を出す。おまけに着る物が無くなる。
毎年太っては痩せ又太るの繰り返しでまるで風船である。
一応1時間半ばかりかなりのスピードで毎週歩いているのだが、摂取カロリーが高すぎて駄目である。
毎日何とかしなければとは思っているが辞められない。
こんな意思の弱い自分が情けない。
しかし何でこんなに腹がへるのだろう。神経は繊細なのに胃腸系統は何で丈夫なのか。
同じ同僚で毎日焼酎を飲みたくってる奴がいるが、そいつは痩せのガリガリである。
多分性格的に胃腸が丈夫でないのであろう。
ほんといい加減にしないと取り返しのつかないことになるだろう。
と言いつつも今晩も飲んでしまうのである。だめだこりゃ。
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今月は5月の連休明けから調子が悪く、5月だけで5日も休んでしまった。
しかし今週は何とか乗り切れた。
2,3月はアット言う間に月日が流れ去ったのに
この5月はたった5日の1週間が長いこと。
でも以前と違って、昔なら休んだ日は寝られるだけ寝たものだが
今回は、仕事以外の活動が出来ていることである。
休んだ次の日も「すみませんでした」と言う言葉は発するけど
心からの侘びではない。
休んだ原因を幾ら巧妙な話術で話して見たところで、結局は「怠け者」扱いされるだけであることは明白である。
この病をわかって貰おうとするのが間違いだ。
殆どの人間は「自分」と言う存在は「仕事の出来ない、よく休む模範的な劣等職員」だと思っている。
同期で上司のある人間は「悪いけど、俺には全く理解できない。悪いが殆どの職員は駄目人間だとおもってる
ぞ」と言っていた。その時は腹が立ったが、冷静に見るとそうかも知れない、いやそうだ」
自分が20年間うつに苦しめられていなかった逆にそう思うであろう。
うつになっていなかった若いころは、事情が無い限り会社を休むことなぞもっての他だと思っていた。
でも今はうつと付き合いながら、だましだましやって行くしかない。
定年まで係長クラスで終わるであろうが、それでも十分である。
定年後は、ガードマンにでもなり、住宅ローンを返していくだろう。
これが俺の人生なんだと思えば気が楽である。
娘は今部屋で男友達と居る。
早く結婚してくれて孫の顔が見たい。自分のDNAが永代に渡ってくれれば自分の役目は十分果たせた。
問題は3年間登校拒否経験のある息子の方である。
この息子自分似でもてない顔なのである。
でも心は本当に優しすぎるほど繊細なので、この先どうなるのか非常に心配である。
これ以上だらだら書くと終わりが無いので止めます。
どうかこの息子に幸あらんことを祈ってます。
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