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西田幾多郎は、「われわれの底にはわれわれを否定するものがある」と書きました。さらに詳し く言えば、われわれの底にあるわれわれ自身を否定するものは、われわれの成立の条件であるということ です。これを西田は、「絶対矛盾的自己同一」という用語で言い表しました。 は、「EUがポストモダンな世界にいられるのは、アメリカがモダンに留まっているからだ」と言い ました。EUは国際法が支配する多極化世界を目指して、アメリカをそこに組み込むことを目指しています が、それが可能なのはアメリカが唯一の覇権国家として力の政治を行っているからです。 国際法が支配する世界が可能なのは、アメリカという覇権的警察国家あっての話ですから。つまりEUの 目指す世界が可能なのは、アメリカがEU的理想世界の「そと」にある場合だけであるというわけで す。したがって、EUが目指す理想社会は、厄介もののアメリカが消えた瞬間、その成立の前提を失いま す。 資本主義は、封建的世界を切り崩すことで拡大していますが、同時に資本主義が存続するためには封建 的世界が絶対に必要です。たとえば、家族とか伝統という封建的要素を解体することでのみ資本主義は成 長しますが、家族と伝統なしには資本主義は解体します。 資本主義が生産できないのは人間と土地です。したがって、資本主義は人間の共同体を成立の条件にし ますが、資本主義の拡大は共同体を解体することによってのみ可能です。ところが共同体を解体すると、 資本主義もその前提を失うわけです。資本主義は癌にたとえられますが、癌は寄生する身体を失うと自分 も消滅します。しかし癌が成長するためには、身体を破壊しなければいけません。 護憲派の平和主義は反米です。ところが憲法九条的世界が可能だったのは、アメリカの軍事主義のおか げでした。アメリカの武力行使による安全保障が、日本の護憲派の条件だったわけです。しかも皮肉なこ とに、反米護憲派が守ろうとする九条は、アメリカが与えたものだったというおまけつきです。武力放棄 の理念が、超大国の武力に支えられていたとは。したがって、超大国の武力放棄が実現すれば、護憲派的 平和主義は、その成立の前提を失います。 西田幾多郎は知っていたんですね。
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西田幾多郎
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西田幾多郎は、偉いぞ!
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西田幾多郎のような難解な哲学者の著作を読む時は、西田哲学についての研究書を参考にしたくなる誘 惑に駆られる。「わかりやすく解説してくれているにちがいない・・・」と淡い期待を抱いて読むのだ が、ほぼ期待は裏切られる。西田哲学についての解説書を読み漁ったが、ほとんどの場合、読む前よりも 読んだ後のほうがさらに西田哲学が分からなくなってしまう。かといって、理解の助けになる本が皆無と いうわけではない。一冊お勧めするとしたら、迷うことなく西谷啓治著作集第9巻191ページか ら196ページを挙げる。わずか5ページであるが、私が知る限り、こんなに分かりやすく西田哲学を解 説した文章は他にない。さすが西田の愛弟子であり、かつ自身も優れた哲学者である西谷啓治だけのこと はある。 私も私なりに西田哲学を解説してみたい。『善の研究』などは平易な文章で書かれているので、後期の う問いに対する答えを簡略して表したものだ。 現実は、過去からの流れで決まるわけではない。つまり過去が現在を決めるわけではない。誰でも実感 する日常的事実である。かといって、未来のある目的に向かって進んでいるわけでもない。これも誰でも 実感する日常的現実である。過去が未来を決めるなら、世界は決定論的である。決定論のウソがばれるの 在を決めているなら、世界はある目的に向かって生成していることになるから、私たちの行動は見かけは 自由だが、じつは未来の操り人形ということになる。 西田哲学というのは、ようするに当たり前のことを難解な用語で表現しているわけだ。どこがスゴイか だ。私たち凡人は・・・。カントは過去が現在を決めると考えた。ヘーゲルは未来が現在を決めると考え た。西田は現在が現在を決める考えた。もちろん西田の場合、絶対現在は過去と未来が出会う場所なの で、両方をなんとなく含むわけだが。これは矛盾である。だから矛盾的自己同一と云われる。経験的に云 えば当たり前に感じていることを、当たり前に感じたままで理論化しているのだ。 |







