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【get up stand up】

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薄手のナイロンジャケットを羽織り、

テーブルに置いたレンタカーのキーを手に取る。

ソファの上で神経質そうに両手を弄んでいた涼子が、私に声をかけた。

「あなた、もう荷物は全部車に積み込んだの?」

「ああ、大丈夫だ。気が変わらない内に出発しようか」

「髪の毛、寝癖がひどいわよ」

「ん?」

自分の頭に手をやった。

右の耳の後辺りが上向きに跳ねている。

押さえつけてみたが、そんな事では直りそうになかった。

まるで私達の置かれた状況のようだ。

「いいんだ、誰に見せる訳でもないし。

そうだ、結花は?」

私は跳ねた髪の毛から手を離し、尋ねた。

「ええ、寝てるわよ。ぐっすり。

もう、抱き上げても起きないと思う」

「分かった。結花を連れてくるから、

お前は玄関のドアを開けてくれ」

二階の娘の部屋に行き、

ベッドに寝ている結花の身体を抱きかかえる。

腕が覚えているより、いくぶん重さが増していた。

最近抱っこしてやったのはいつだっけ。

このところずっと金策に駆けずり回ってばかりで、

しばらく遊んでやる事も出来なかったからな。

娘の成長の速さに驚いたが、

それ以上感慨に浸るのを、意図的に止めた。

考えてはダメだ。 

朝食時のオレンジジュースに混ぜた睡眠薬がよく効いているようで、

身体が揺すられても、結花はピクリとも動かなかった。

そろそろと一段ずつ階段を降りる。

玄関に置かれた黒いスニーカーをつっかけ、

横向きの体勢になりながら外へ出た。

よく晴れている。

サングラスが欲しいくらいだ。

私は眩しさに顔をしかめながら、

白いセダンの後部座席に結花を横たえた。

ドアを静かに閉め、最後に我が家を振り返る。

何も考えるな。



「場所はもう決めてあるの?」

「ああ、前に遊びに行ったことのある山の近くに、

使われてない林道があるんだ。

そこは入り口の車止めを動かすことが出来るらしい。

今はそんな情報までインターネットで手に入るんだからな。

自殺者の数が増えるのもしょうがないと思うよ」

私は万に一つも警察に止められる事のないように、

制限速度を守りながら、慎重に運転を続けた。

午後二時を過ぎた頃、

ようやく私達は林道の入り口に辿り着いた。

平日という事もあり、山道に入ってからは

殆ど対向車とすれ違う事も無かった。

涼子と二人がかりで朽ちかけた木製の車止めを動かす。

木製とは言え湿り気を帯びたそれを動かし、

また元の場所に戻すのはなかなか骨の折れる作業だった。

日頃の運動不足をたたるしかない。

私達は再び車に乗り込み、未舗装の林道を奥へ向かった。

整備されていない道に、車体が激しく上下に揺れる。

十分ほど進んだところで、少し開けた場所に出た。

車が横並びに五台は停められそうなスペースだ。

ここら辺りでいいだろう。

車を停め、エンジンを切った。

途端に重い静寂が車内を満たす。

ふぅっ。

とりあえず無事に辿り着けた事で、安堵のため息が漏れた。

ハンドルを握る手にも力が入っていたからか、

肩から首筋にかけて石のようにこり固まっている。

シートベルトを外しながら隣を見ると、

涼子はうつむきがちに自分の両手を見つめていた。

歳の割りに艶やかな髪の毛が顔にかかり、

その表情を窺う事は出来ない。

「用意してくる。とりあえずお前は中で待っててくれ」

そう言い残して、私は独りで車を降りた。

トランクを開け、ガムテープや練炭、

七輪などを地面へ無造作に並べてゆく。

七輪にダンボールから出した練炭をセットし、

着火材まで用意した所で、

涼子の声が背中に掛かった。

「あなた!」

振り返ると、涼子が焦った表情で助手席の窓から顔を出している。

「結花が、目を覚ましそうなの!」

私は作業の手を止め、立ち上がった。

窓から後部座席を覗き込む。

結花は両手で目をこすりながら身体をくねらせていた。

寝起きによくやる仕草だ。

睡眠薬の量を加減したのが、まずかったか。

今から無理心中を図ろうと言うのに、

子供の身体を心配して、睡眠薬の量を少なくしたのだ。

自らの行動が矛盾していた事に、今頃になって初めて気付いた。

ふっ。

自分でも意外だったが、

この状況下に於いても、私の口元からは笑みが漏れていた。

春の新芽のような子供の生命力は侮れない。

数分も経つと、結花はすっかり目を覚ましていた。

彼女は眉間に皺を寄せ、うろたえる涼子に何かを尋ねているが、

車外までその内容は聞こえてこない。

私はチノパンのポケットから煙草を取り出し、

手にしたチャッカマンで火を点けた。

ふぅ。

緑の中で吸う煙草は旨い。

車の中ではまだ母娘がやりあっている。

私が吸い終えた煙草を足元に捨てると、

車のドアが急に開いた。

結花だ。

「パパ! ポイすてダメなんだよ!」

左手を腰に当て、

ふくれっ面で私の足元を指差している。

怒る仕草が涼子にそっくりだ。

「あ、ああ、すまん・・・・・・」

私は娘の勢いに気圧されるように、

足元の吸殻を拾った。

「そう!こんどやったらパパのことキライになるからね!」

「はい・・・・・・」

ここは頷くしかない。

「何??パパ!バーベキューするのっ!?やった!!」

結花は今言った事などすでに忘れ、

私を置き去りにしたまま、

七輪や練炭を置いてある所へ走って行く。

「え? 

あ、ああ・・・・・・

そうなんだ!

ええっと・・・・・・

そう!

でもパパ、お肉やお野菜を買ってくるのを忘れてたんだ。

結花、今日はもう遅くなりそうだから、バーベキューは諦めて、

や、焼肉でも食べて帰ろうか!」

「ええ〜〜〜、ゆいかバーベキューがいいなー」

女王様はご機嫌斜めの様子だ。

「うーん、じゃバーベキューは来週!

今日はとりあえず焼肉! な!?」

私は苦手なウインクを試みた。

「うーん・・・・・・














いいよパパ。じゃあウインナーもつけてね♪」

彼女のウインクの方が、

数千倍、上手い。

一度は吹き消しかけた小さな灯火が、

冷えきった私の心を温めてくれる。

手遅れになる前に目が覚めて良かった。

立ち上がれ。

そして前を向け。

二度とこの火を消すことの無いように。




















他のお話も読んでみる!→ ショートショート風呂。

閉じる コメント(10)

で、この家族は救われたの?

2007/11/3(土) 午後 0:11 HANAKO

Hanakoさん>中途半端な終わり方だったよね!(汗)
まったく推敲が足らなかったっす。かなり書き直してみましたわ(笑)

2007/11/4(日) 午前 1:45 レイ

まあ、生きてることは辛いけど、いいんだよ。
借金返済、ガッツだ!

2007/11/4(日) 午前 2:27 マキング

いい話!
ちょっと目頭が熱くなった。。。

2007/11/4(日) 午後 3:02 くんくん♪

え?いやいや、想像させる終わり方でも良かったけど。この方がホっとするね。

2007/11/5(月) 午前 6:48 HANAKO

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まきんぐ>そうだな、生きてく事はツライが、止まない雨は無いからな!

2007/11/5(月) 午後 9:16 レイ

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Kunkunさん>最後には少しだけ救いがあったかな^^

2007/11/5(月) 午後 9:16 レイ

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Hanakoさん>やっぱそうだよねー、書き終えると嬉しくてすぐUPしちゃうんだよねぇ(笑)反省だ。

2007/11/5(月) 午後 9:18 レイ

あら?最初は違うバージョンだったの?そっちも読んでみたかったな。
さすがに子供が死ぬ話ってブルー入るしねえ。
それにしても今から死にに行くのに、寝癖とかを指摘してるとこが
逆にリアルでめっちゃ良かったっす。

2007/11/5(月) 午後 10:22 寿司子

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寿司子さん>そうなのよ〜〜(笑) 寝癖のシーンいいでしょ??あれは自分でもナイスだと思ったんだよねー^^

2007/11/6(火) 午後 7:15 レイ

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