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2009年12月2日のちょうど今頃
最後の決断を迫られていました。
未だに心臓マッサージの機械の
おなじ速度で正確に刻まれる音を鮮明に思い出します。
それは母の時の心停止のピーという電子音と同じです。
そしてあと数分で2年目になります。
昨日お店の外へ荷物を取りに行ったら、
同じフロアーの病院に通っていらっしゃる女性から
「素晴らしい写真ですね」と声をかけられました。
「富士山も夕陽もすごく綺麗です。」と・・・
商品をいれてあるダンボールやお箱を収納するために
父が作ってくれた箱に自分が納得のいく写真をプリントアウトして貼りつけてくれています。
昨年の夏ごろだったかと・・・凄い勢いで富士山を撮影していたのが去年の春でした。
亡くなってから今日まで
去年の今日は何をして何を話していたか
思い出しては懺悔の気持ちで涙しました。
それも今日までで
今からは
2年前になり
だんだんと時間が遠くなっていくのですね。
この一年
時間の使い方がおろそかになりました。
時間があるはずなのに気だけが急いて
ことが進んでいかない。
昨年は自分でもパワフルだったと。。。
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両親
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ようやくフリージアの花が咲きました
ようやくフリージアの花が咲きました。
まだ一輪だけですが
これからは華々しく
両親の前にこのお花で飾ってあげることができそうです。
今週は
実家の解体工事が終わったこと。
そして借りていたマンションの部屋の改装工事が始まったこと。
そのお部屋に親しいお客様のお友達の方(この方もお客様)が入居されることを聞きました。
両親の住んでいた痕跡が無くなってしまい
寂しさがこみ上げる一週間となりました。
両親が築いてきたものを壊している私ですが
お店とフリージアだけは出来る限り残していきたいと思っています。
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12月30日に 生前、父が通販に頼んでいた品が届きました。 ひとつは紅白の生花のアレンジメント もうひとつは切りもち 昨年9月。 送られてきた旅行のパンフレットを私に見せて 「ママが亡くなってもう4年経つから、お正月はホテルで過ごすことを許してくれるよね!」と それは印をつけた浜松のホテルのお正月プランでした。 「でも、ちょっと遠いから行くことができるかな?」と 不安げでもありました。 先日、レコード大賞で50年の懐かしい映像を見ていて思い出しました。 ちあきなおみさんが歌う「喝采」が1972年のレコード大賞を受賞した時、 母がちあきなおみさんの歌唱力と そして「喝采」が彼女の実体験に基づく歌詞であることを教えてもらいました。 何故にここまで鮮明に覚えているか。 どこのお母様もそうでしょうが、 年末は大掃除そしておせち料理の準備などで主婦は大変な忙しさです。 母も前年までの大晦日は 石油ストーブで豚の角煮を煮込みながら おせち料理を準備しながら 夕飯の支度そして後片付け 年越し蕎麦の用意 そして最終の台所の大掃除などなど 休んでテレビを見る余裕もなく忙しく働いていました。 娘たちには「女の子は結婚したら嫌でもやらなくてはいけないから」と 手伝いを強要することは一切しませんでした。 私たちが手伝ったことと言えば、 栗きんとんのサツマイモの裏ごしをしたくらいです。それもつまみながら(^^゛ そうした忙しさを軽くしてあげようと、 父親の提案で 暮れからお正月にかけて会社の保養所で過ごすことになりました。 おそらく母親は更年期で辛かったことでしょう。 外で大晦日を過ごす初めての年が ちあきなおみさんの「喝采」の時だったのかと。 一緒にレコ大や紅白歌合戦をゆっくり見ることができました。 数年間は保養所で過ごしていたのですが、 年々と年末に部屋を取ることが難しくなり、 また若い方に権利を譲るということでホテルでの年越しが恒例となりました。 母が他界した後はホテルでの年越しを考えることもできず、 2年間何をしていたのか記憶を失っていた父親が、、 ようやく母の死を心の中で理解でき納得し 心から供養することができるようになってきたのでしょうか。 年末の移動は大変なので、 主人が市内のホテルを取ってくれました。 そのことを父は大変喜んでくれ またすごく楽しみにしていて・・・ 10月ごろには一人でホテルで食べるために 母親が好きだった「もち吉」のお煎餅をバスで遠くまで買いに行き、 ホテルでお祝いをするために通販で金賞を受賞した「赤ワイン」や 干菓子などを通販で購入して着々と準備を進めていました。 私たちもホテルでの年越しをキャンセルしようと考えたのですが、 父親の気持ちと共に過ごすことにしました。 そして通された部屋から 1973年に購入して約3年間過ごしていたマンションが見えました。 何故このマンションを購入したのかは解りません。 母親が賑やかな大須で生まれ育ったので 賑やかなこの地に、 家を建てた所が市内といえ田舎で買い物をするにも大変でだったからか。。。 名駅で過ごした数年間のことが走馬灯のように思い出されました。 ふと見ると外は吹雪いていました。 また母親が思いを伝えているのだ。 鈍感な私には何を伝えたいのか分かりませんが。。。 先日 姉が滞在中に父親のクローゼットを整理していたときに、 母が最期まで気に入ってきていた洋服を数点見つけました。 母が亡くなった後に姉と二人で沢山の母の洋服を整理したのに、 私たちに捨てられてはいけないと思った父が思い出の洋服を仕舞い込んでいたのです。 その中の一つ コートのポケットに2005年 お正月プランのパンフレットが入っていました。 2005年の11月から投与された抗がん剤の副作用で食欲を無くし 体力を奪われた母が自分自身でキャンセルをしたホテルのパンフレットです。 「いつもキャンセルなど嫌なことは僕にやらせるママが自分で電話したなんて初めてだった。 よっぽど辛かっただな。」 その辛さをいつもそばで支えて、 夜中じゅう母の背中をさすっていた父親でしたが。。。 最後の最後まで話していました。 一緒にワインでお祝いの乾杯をしたかった。 主人と二人で 二人の優しい両親に献杯をしました。 翌日の元日は雪と太陽の競演でした。 雲の流れが激しく
父親だったらどんな構図で写真を撮るんだろうと 考えながら。。。 |

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旧年中はお世話になりありがとうございました。 今年こそは楽しいブログにしたいと思っております。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。 年末から年始にかけて名古屋市内のホテルで過ごしておりました。 大晦日の名古屋駅のクリスマスイルミネーション イルミネーションを見るため車の渋滞が出来てしまうそうです。 夕方から吹雪いてきました。 今年に取り壊されてしまう「大名古屋ビルヂング」とお月さま。 年のせいで朝早くに目覚めてしまい、 部屋から外をみれば銀世界。 動き出す前の静かな名古屋駅。 新幹線は動いていましたが、 35分の遅れが出ているとホテルの掲示板で知りました。 道路は雪が溶けていました。 この風景も今年で最後になります。 大名古屋ビルヂングが取り壊され高層ビルになるそうです。 このビルの下に「マイアミ」というレストランがありました。 子供のころ、そこで貰えるぬいぐるみが楽しみでした。。。 後ほど詳細について記していきたいと思っております。
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いつも いつも お心のこもった励ましのお言葉ありがとうございます。 父が亡くなって既に2週間も過ぎてしまいました。 告別式の後の慌しい忙しさは未だ続いております。 父が住んでいた部屋が賃貸なので3月までには退去しなくてはならず、 また代表取締役だった父の代わりに私がお店(有限会社)のあとを継がなくてはならず・・・ 23年間借りていた部屋には 捨てることが嫌いだった父が溜め込んだものがギュウギュウ詰めに足の踏み場の無いくらいにあり、 大変な状態になっています。 今まで捨てたゴミ袋は既に150個以上になっているかと・・・ それでも片付けはまだ全体の6割は残っています。 ほんの一例ですが・・・ 壊れたビデオデッキが8台も出てきました(驚) 他にも作ることが好きだった父は 道具をそろえることも大好きで 機械や工具などが出てくる出てくる。。。 父にとってはお宝ですが、天文学的な量の処分に苦労をしております。 また母の着物もまた半端な数ではありません。。。 一軒家の箪笥や衣装ケースにも沢山あり、 その処分について父親と言い合いをしていました。 何とか残したいのですが保管状態が良くないので一軒家の方着物は難しいかと・・・ しかし・・・まだまだマンションにも沢山ありました。。。 こちらはまだ状態が良く捨てられないので、 なんとか小物やヤンヤンたちの着物にリメークをしていきたと思っています。 しかしそれを上回る着物の数があるので、どなたかにお譲りしたいと考えています。 私たち娘は母と違い「ゆき」が長いので、残念ながら着ることができません。 そして娘二人のためにせっせと白の反物を買い込んでおり、 反物だけで20反以上はあるかと・・・ こちらも何とかしなければ両親の思いのこもった物ですので。。。 こうした片づけや色々な諸手続きなどで忙しい思いをしている中、 宅配ボックスの中に父親が注文した荷物が入っていました。 12月15日は父親が待ちに待った年金支給日で それに合わせて注文をしていたようです。 第一弾として。。。 「紅まどんな」愛媛県産 「紅まどんな」は「南香みかん(なんこうみかん)」と「天草オレンジ(あまくさおれんじ)」という種類のかんきつを掛け合わせて生まれた、新しいタイプのかんきつです。 商品登録は2005年で、まさに生まれたて出来たてほやほやのかんきつです。 特徴はその独特の食感にあり、少しフルーツゼリーを思わせる、 ほのかに弾力のある面白い歯ごたえがなんとも魅力です。 風味は、濃厚な甘みとまでは言えないまでも、スイーツ感覚の、 今までにない何とも言えない甘みと香りがあります。 まだまだ生産量は少ないかんきつで、なかなか多数、長期間販売することができないので、 お店では販売していないそうです。 先程食べてみました。 とても甘く身がぎっしりと詰まっており、みずみずしくまるでジュースを食べているかのようでした。 柑橘としての強烈な味の印象があまり残らなかったです。 通販会社に電話をしましたら、 まだまだ注文が残っているようです。 この柑橘シリーズは4回の頒布品で、 来年の3月まで毎月届けられます。 記録のために これから届く品も記事にいたします。 父の大好きな柑橘がひとつも口にしないまま逝ってしまうなんて、
一番自分が驚いているのではないでしょうか。 さて、次は何がくるのでしょうか。。。 |





