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私の住む街には、当時2ヶ所の特攻基地がありました。
その一つは、今の鹿児島空港近く。
もう一つが、今の陸上自衛隊国分駐屯地周辺です。
当時は広大な敷地であり、母の実家のすぐそばまで広がっていたそうです。
小学校の先生をしていた祖父と、産婆をしていた祖母。
若い特攻隊員のために、「豆ごはん」や「そば」を作り、たびたびもてなしていたとか。
その頃小学生になる直前くらいの母は、隊員さんに手旗信号を教えてもらい、手旗で「そ・ば・で・き・た」と教えていたようですよ。
なんとなく、ユーモラスですよね。
日々、「死」と向き合っていた当時の隊員の皆さんは、どんな思いでこの桜を見上げていたのでしょうか。
祖母の家にたびたびおいでになり、母の末の妹の名づけ親となった隊員さんは戦後も生き抜いて、祖母や母と交流を続けてくださっただけでなく、その息子さんの代にまで絆をつないでくださいました。
そして先日、その息子さんがご夫婦で鹿児島を訪ねてくださり、母夫婦の運転手としてお会いしてきました。
過酷で苛烈な歴史があって、今の私たちがある。
決して忘れてはならないと思っています。
陸上自衛隊国分駐屯地正面にある記念公園の桜は、どこよりも早く咲き、そして鮮やかに散っていきます。
先輩方の生き方を教えてくださっているかのようです。
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新着記事よりはじめまして。
なんとなく良い話なので見入ってしまいました。
僕も元陸上自衛官です。
国分駐屯地の桜、さぞかし綺麗な桜だと思います。
2016/3/9(水) 午後 9:52 [ 軍曹 ]
> 軍曹さん
コメントありがとうございます。
国分駐屯地の桜は、まもなく見ごろを過ぎてしまいますが、息を呑むほどの美しさです。
2016/3/9(水) 午後 10:49 [ みっちゃんパパ ]