穴と橋とあれやらこれやら

隧道や橋といった土木構造物など、様々なものを訪ねた記録です。新旧問わず記事にしていますので、古い情報にご注意下さい(笑)。

次回予告篇


えー、申し訳ないのですが、


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この予告篇の写真で本篇は想像つかないと思います。





なんのための予告篇やねん、って?手抜きのためさ(笑)。




【本篇】に続く。










追:
今宵は参加できず残念でした(謎)。ってかさすがに遠い(笑)。いや、普通に仕事でしたん〜。




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久々の鉄道ネタ・・・地味〜なヤツですが。


JR東海道本線・石山駅。かつてこの駅から北に分岐するささやかな路線があった。といっても旅客線ではない。現在も同地にある、日本電気硝子の大津事業場への専用線。

その存在はわたくしが現役の鉄だった昭和末期から知っていたが、実際に現地を踏んだのは、滋賀に引っ越してから7年半も経った2009年9月5日のこと。その頃にはすでに、専用線は使われていなかったのではないかと思うが、施設はほぼ完全に残っていた。この記事では、撤去前のその姿を記録として記事にしておく。


まずは、これ。石山駅の上り線ホーム階段からのズーム。
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黒い小屋は機関車庫。かつては入れ換え用の小さな電気機関車が活躍していたのだった。写真は撮ってなかったが・・・。

この後間もなく、その小屋ともども撤去されることとなるレールも、この時点では残っていた。


次の写真は、あの場所へワープ。でもその前に・・・


一応、手抜きながらもこんなの用意しました。
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か細い青線で書き加えたのが専用線。

線路がどこまで続いていたのかは、企業占有地内につき当然未確認。よって、上の地図での線路終点は敷地外から目視できたあたり、となっている。


はいっ、というわけでね!ワープしまして、
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先ほどの写真のちょうど対面から、という位置になる。

JR線路敷きと企業占有地の間には公道が走っていて、そこからの撮影。最初の写真でわかるとおり、もちろん立ち入りはできないので門扉の隙間から撮影。


で、その背後には、
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「貨車門」の表示のある鉄扉。そこに線路は吸い込まれていく。



正面から。
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「貨車門」表示は残っていたものの、実際のところ門扉には「車両専用門」とあり、人間はここから入れない旨の注意が書かれていた。 

かつては踏切番が詰めていたであろう小屋も、カーテンが閉ざされたまま、使われなくなってしばらく経つ様子。



石山駅からの流れを見ると、
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こういう感じ。

こういうささやかな引き込み線、滋賀県内だけに限ってもあちこちにあったんだけども、今やすべて(・・・かな?)姿を消してしまった。世の流れよのう・・・。


同じ場所からの眺めを、ストビューからお借りした。
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一帯は全部駐輪場に替わってしまっている。ちなみにストビューは2017年4月撮影分らしい。



ここからは、敷地内を外からうかがうしかなかった。
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これは敷地に沿う道路から、植え込みにカメラを突っ込んで撮影・・・

してたら、急にオッチャン操るフォークリフトが現れて慌てた、の景(笑)。

カーブが美しいな〜。



道路は、先ほどの「貨車門」から150mほどで専用線から離れてしまう。

なので、これが最後の写真。
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これまた植え込みの外から、延びていく専用線を見送った。

今では、事業場内もレールはすべて剥がされてしまっているようだ。



最後にこれ。
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5年後の2014年9月13日に撮った、最初の写真とおおむね同アングルの、石山駅からの写真。


左端の大きな建物は体育館だったが、これも現在では取り壊されて、(ストビュー写真でわかる通り)レンタカー屋と駐車場に姿を変えている。



以上、今は亡き日本電気硝子大津事業場専用線の記録でした。




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2014年7月20日。二度目のニコイ探索の後、丸山の災害用桁とかあれやらこれやらをシバキながら、


やってきたのはココ↓ イメージ 2
本当はR360の天生峠を越えて白川村へ抜けたかったのだが、下調べ段階で通行止めが判明したので、r478で清見へ抜けるつもりだった・・・が、シカーシ!左端の看板をよく見ると、

なんとそのr478(清見河合線)も通行止めになっとるやん!


もはや選択肢はない。かくなる上は、r75で今さら戻りたくもない飛騨市街方面へ向かうしかない・・・ショ――ック。


まあ、
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そんな偶然で通りかかったのが、今宵のお題でございます。


いや、いかにダム素人と言えども、
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コレは停まる。

停まりますわ〜さすがに。ダム素人でも。



素人ゆえに、
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コレがなんて設備なのかもよくわかっていなかったが(後ほど判明)。



それ以前に、この時点では名前もわかってなかったこのダム、
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天端、渡れますやん!

いや、それよりめっちゃ気になるモンあるよ・・・もちろん入らないけど(笑)。あれはたぶん冬季用点検歩廊・・・ですよね〜。




左に見えるのは
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水利使用標識。微妙にダム名なし。



続いて、この巨大なゲートに取り付けられていた銘板。
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疑問が一挙解決(笑)。

そうそう、これは洪水吐ってやつだ。思い出した(笑)。で、ダムのお名前は下小鳥ダム、と。

この橋と同じ川やから、きっと読み方は「しもおどり」ダムでしょうな。ウィキ先生ってば「しもことり」って断じちゃってるけど(笑)。


洪水吐ゲートの間から望む、
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ダム湖=上流側。



洪水吐を過ぎようとするこの辺りからの眺めも、
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なかなか楽しいねぇ〜!



特筆すべきは
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10km制限!

まあ堤上の道、ご覧のように狭いからね〜。そしてあの高さ制限バーは何だろう。大型車両が通らないように?それなら幅員制限のポールかなんかのほうが効果アリな気がするけど・・・。謎〜。


道の先をよく見る前に、まず
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天端下流側を。ロックフィルダムってやつですか。

考えてみれば、引きでの全景写真をまったく撮ってなかった。何しとんねん、クイックさん(笑)。


で、道の先のズーム。
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道の真ん中に障害物が置いてあって通れないように見えるが、あれは一種のシケイン。

あれもまたスピード抑制や大型車排除のためなのかな。


この後、ノートさんでこの道を一往復した。その時に動画も撮ったのだが・・・まあコレはもういいかな(笑)。



戻る際に見た下流側に、思わずうっとり。
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うわ〜・・・

ここから見る洪水吐側壁は、まるで難攻不落の要塞のようで、ちょっと現実離れした様相だった。ダム愛好家の皆様は見慣れているのかもしれないけど。


予告篇でも(そして以前のダイジェストでも)使ったコレ。
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まるでナイフのエッジ。

モニタリング用か防犯用か、カメラも取り付けてある。

それとは関係なく、もしあそこを歩け、と言われたら・・・。どうします?「カイジ」とかでありそうな(笑)。


天端正面の、県道側壁には

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これまたなんとも気になるやつが。

もちろん登れなくしてあるし、登る気もないけど〜(笑)。



で、最後、洪水吐の向こうに今さら発見した
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「下小鳥ダム」の碑。


以上、ダム素人による、全然行き届かない(笑)ダム記事でございました〜。





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次回予告篇


今宵お疲れにつき、手抜きいたします。




憶えておられる方もいらっしゃるかもしれない、この写真。


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あーでも、くれぐれも期待せずお待ちください(笑)。




【本篇】に続く。





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昨年秋頃から意識して増量してる、市街地のささやかな橋たち。気づいてました?実はこの手の橋こそが拙ブログの真骨頂なんだろうな、と最近想いを新たにしておりましてね。今宵もそういうヤツです(笑)。


つうわけで、念願の父ヶ谷アタックを明日に控えた2014年3月8日、小井隧道再訪、むしおくりはし大峪隧道を経てやってきた熊野市街地で見つけた橋をご紹介。


市街地でよくあるように、タメなし。
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コチラでございます〜。

「例の隧道」(笑)に行く際に必ず通る道からチラ見えして急停止。「例の隧道」は何度か来てるのに、不覚にもこれまで気づかなかった。ドッシリと落ちついた雰囲気。実に悪くない。


アプローチは北側より。


橋の手前には
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新しいものながらも道標があり、この道が木本古道であると伝えている。


さてさて、いつもどおりの親柱チェック。


まずは向かって左から。
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「笛吹橋」。

うん、名前も好みだ。



で、この親柱、道路側側面にも銘板があり、
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昭和三十一年三月三十一日竣工」と。

あー、律義なパターンのやつ(笑)。こういう金属銘板が一番判読しやすくってイイね〜。端正な字体も含めて、これまた好みだ(笑)。

こういう側面の銘板も、見逃してはいけませんよ(誰に向けて・笑)


で、向かって右は、
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「ふえふきはし」。



で、最初から気づいていたことだが、この橋、
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欄干の意匠が非常に個性的!

コレは非常に珍しいタイプのヤツだわ。何度も言うけど(笑)、好き!



上の写真は上流側、
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そしてコレは下流側を見た景。

川の名は西郷(にしご)川。二級河川である。山が近いから、危険そうな川ではあるなあ。


渡ったところには意外にも、
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橋の説明板が!

各自読んでね(笑)。しかしこんなところに、坂上田村麻呂ゆかりの橋があるとは。一説には、京都の清水寺は田村麻呂の創建とも言われているけど、関係があるのかないのか?
そして最後の一文にあるように、欄干の穴は横笛を模したものだとのことで、故事にちなんだ意匠デザインが好ましい。


南側より正対。
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あの案内板、リバーシブルやったんや。今気づいた(笑)。

こっちの親柱もさっきと同じ、漢字と仮名での橋名だった・・・などと

見切るのはいぃ!!



言いましたでしょ?側面の銘板を見落としてはいけませんよ?って。ココ試験に出ますよ〜(笑)。
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右親柱の外側側面にありましたよ〜、隠し(?)銘板。そこには・・・

「施工者 松下由市」とあった。

なんとなんと、この時代の架橋で個人名か!?まさか本当に職人さんが独りで施工したわけじゃないとは思うのだが。これまた極めて珍しい。


改めて鑑賞する、欄干意匠。
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ひとつひとつの穴の内側に、金属板が巻かれている。

補強なのかは不明だが、実際そのおかげで、クラックは入っているものの欠損はしていない。このデザインも松下由市さんによるものなんだろうか?なんにせよ、秀逸なデザインだ。


最後に、上流側からのサイドアングル。
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シンプルな桁橋だった。


たまたま出会った橋。それは思いがけなく、いろんなトピックを持ったステキ橋だった。いや〜、ヤメられませんわ。



以上、完結。




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