穴と橋とあれやらこれやら

隧道や橋といった土木構造物など、様々なものを訪ねた記録です。新旧問わず記事にしていますので、古い情報にご注意下さい(笑)。

【1】より続く。



走り始めて数分で、最初のイベント発生。

現役時代にはその存在を見落としていた、小さな橋が現れた。
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橋の向こうの様子に心乱されながらも(笑)、まずは橋と対峙。

こんな橋を拾ってやれるのは、弊社くらいのものですからな!(笑)



左の親柱。
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「たかせはし」。




で、右の親柱。
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「余呉川」。

ささやかながらも、ちゃんとした親柱を構えているのが好ましい。銘板もしっかり残ってるし。



渡った先の親柱、左側。
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「高瀬橋」。

なんかこのちっぽけな橋には似つかわしくない名前やな〜。



右側。
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「昭和三十八年十二月」。以下埋没して見えず。




下流側からのサイドアングル。
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ほんに、ささやかな橋だこと。




こんなささやかな橋だったが、
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ここが天国から地獄への転換点だった

…サーセン、ちょっと盛りました(笑)。



まあ地獄は大げさだけども、
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やっぱおじさん情報は正しかったか〜。




が、しかし!この程度で引けるか、引けるもんか(笑)。
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とりあえずは、押しで…。




はあ〜、
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最初のスノーセクション、突破。

区間長としては200m弱くらいだったか。これがなかなか…。融けかけの雪はシャーベット状で絶妙に柔らかくて、踏み込むと沈んだり沈まなかったり。ダホンちゃんを押すにしてもめっちゃ重い。しかもシャーベットだからスニーカーにも沁みてくるし…。


うーん、ハートウォーミング(爆)。


いやいや、まだまだへこたれんぞ!イメージ 9
こっからしばらくは、またドライ路面主体のようだしな。



高瀬橋を踏んづけて右へ移動した現道に、
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ここでぐっと寄り添う。ゆるい左コーナー。




コーナー出口には、カーブミラーと
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第二のスノーセクションが待っていた。

あっこれ…アカンかも(笑)。見渡す限り先までこのスノーセクションは続いていて、果てが見えない…。



ちょっとだけ…萎えてきた(笑)。



萎えてきてー
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あきらめた(笑)。




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あきらめた?



【3】に続く。





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ビギナーズ・ラック?

ネタの途中ですが・・・

本日、社命により某講習会を受講に行きまして、その帰りに少し徘徊しました、酷暑の中を。

んで、見かけたチェリオの祠にて、諸先輩方が苦闘されていた、ジャングルマン・チャレンジ(笑)。すると、

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こんなん出ました〜。

諸先輩方があんなに苦労されていたのに、チェリオ超入門クラス(笑)のわたくしが一発で当てるとは・・・。てか、単にしっかり流通するようになっただけ?(笑)


ってだけの話です(笑)。

では、連載中のネタ、今夜11時リリースですのでよろしゅう(笑)。

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2018年3月30日。草野川第一発電所関連遺構の第一次探索を終えたわたくし、いくつかの寄り道に続き



この日のもう一つの目的地に到着。
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一発でおわかりの方もおられるかと(笑)。



ハイ、コチラ。
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国道365号・椿坂トンネル旧道の南側入り口でございます。



通行止めのこの看板は、北側にもあったものと同じもの。そう、この旧道の北側約半分は、以前記事にしている。2車線の国道旧道を誰にも邪魔されずに堪能できたし、とりわけ現役時代を知るこの道を歩いて辿ることはとても楽しかった。と同時に、残る旧道南半分もぜひ踏破したいと願っていた。

今宵から数回にわけて、その南側半分訪問記をレポートする。



で。前回は歩きだったが、今回は違う。
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今の俺には、コイツがいるんだゼ(誰やねん

ここで使わずに、いつ使うっていうんだい!?とか勝手に盛り上がっていたら…


えっと。
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どちら様で?

まあ鍵を解錠してらっしゃるってことは、許可を受けて出入りしてる方ですわな。

決して立入禁止とは書いてない。自己責任で通れ的なことが書いてあるとはいえ、通行止めに張り切って入ろうとしてる現場を押さえられると、なんか気恥かしかった(笑)。

おじさんに、自転車で通ろうと思ってるんですが、と話すと、「無理やで〜」と。えっなんで?

「もうあの先から、雪が残ってて通られへんで!」



マジっすか…忘れてた〜ここがガチな雪国だってことを…。
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おじさん…凹む情報ありがとう…(笑)。

とはいえ、どの程度のことなのか、行ってみなきゃあわからん。チャレンジせずして撤退はなーい!




つうわけで…いでよ!
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ダ〜ホ〜ンちゃ〜ん〜
(ドラ●もんふう)



準備は整った。



が、進軍開始のその前に。
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完全に廃された、わずかな旧道区間も拾っておこう。

新道ができ、この新しい新旧道の取り付きが作られた際に、その前後に生まれたわずかな廃道区間。このようにもっと低い位置を通っていた。



アングルを変えると、こう。
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この青い線のような感じ。点線は現在埋まっている部分。

しかし…なんでわざわざ、立派な新旧道分岐を作り直したんだろう。もしかしてこの旧道、なにか違う役割が与えられているのかもしれない。


…知らんけど。



ハイッ!お決まりのフレーズが出たところでね!
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いよいよ、進軍開始〜!




いきなり、残雪がお出迎え。
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このくらいで済めば楽勝なんだけどな〜。

ここでいきなりちょっと気になるものに出くわしたが(ちゃんと写ってますよ・笑)、まあこれは帰りに回そう。



あ〜…
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こんな道やったな〜。

車が来ないから安心で、のんびり走れる。うん、案外行けそうじゃないの。おじさんもしかして大げさに言ってたんじゃないの〜?




やがて旧道、
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現道の下をくぐる。いや、勝手に頭上を跨がれただけやけど(笑)。





で、そのほぼ直下に…
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その存在を認知したこともなかった、ささやかな橋があった。

まあ…ほかにもっと気になることもあるけどな!




【2】に続く。





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次回予告篇


酷暑が続いております。


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少しだけ、涼しい写真もまじえた連載を…。



【1】に続く。



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2018年7月14日、つまり昨日。DAiNさんとともに敢行した、「ほぼビワイチ」ツアーでご案内した場所はすでに拙ブログで記事にしたところも多かったのだが、一ヶ所だけ、わたくしがかねてから宿題にしていた未訪問物件にも訪れた。酷暑の中(笑)。

それは、高島市朽木市場にある、現役の水路隧道。その名も「明護隧道」という。


同じく念願だった稲山隧洞はもうだいぶ前に探索が叶ったのだが、なぜかこっちはなかなか実行できずにいた。それが今回この機会に実現。



「道の駅くつき新本陣」に車を停めさせていただき、おおよそアタリをつけていた方向へ。そう、この物件、ネット上でその姿を見ることはできるが、場所を明示したものは(わたくしの知る限り)見当たらない。わたくしもその慣例(?)に倣い、場所を示すことは自粛しておこうと思う。


ちなみにこの写真は、

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別の日に撮った、この市場地区の名建築「丸八百貨店」。国登録有形文化財である。この丸八百貨店の前を通ることだけは書いといてあげよう(笑)。



つうわけで、はっきりした場所がわからないので一度道を間違えた。自分でもこれは違うやろ〜、と思ってたところに運よく人がおられ、教えていただくことができた。


しばし後。
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こういう場所に。

なるほど、あの先に目指すものがあるようだ。が…気になったのは「用水路をなおしています」の看板。そして行く手からは、どう聞いても重機が動いている音が。…イヤな予感。


まあとりあえず、
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行ってみるしかない。距離は残り僅かなようだし。



坂を登りきってみると、
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あっちゃー、コレはヤバイ!?

ちょうど、我々を追い抜いて到着したばかりの軽トラから作業員の方が降りて来られたので尋ねてみると、現在隧道の絶賛改修中だという。ぅわ〜、マジか!



お願いして少し入らせていただくと…
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あっ、見えた!

そこにはネットで見ていた通りのお姿が。小ぶりなものだろうと思っていたが、それを少し下回るほどのサイズだった。で、ここまでで危惧していたような、ポータルがガッツリ改修されるような事態にはならなそうで、ホッとひと安心。



この明護隧道、水の確保に悩んだ市場地区の人たちが8年の歳月をかけて大正4(1915)年に完成させた延長700m超の水路隧道で、山向こうである地子原地内の北川から取水して、この市場地区へと導水している。現在も使われているバリバリの現役施設であり、ネット上で場所が明示されてないのはそのあたりが理由かもしれない(知らんけど)。


さて、この改修工事だが、イメージ 1
洞内に向けて、大きな管が挿管されている。

作業員の方のお話では、素掘の洞内がたびたび崩落を起こすため、その改修だという。いよいよ洞内がモルタルで巻かれるのか、あるいは管が通されるのか。この改修のため、今年は田んぼを休んでもらって、来春までかけて工事するとか。大変なことだ。

実際に入坑しておられる作業員さんから伺った貴重なお話として、両側から掘り進められたらしい隧道、やはり誤差が生じて貫通点では数mほどずれていたため、その部分は屈曲しているのだとか。それでも、「そんな昔にこんなの造るなんて、昔の人は凄いね〜」とおっしゃっていた。


扁額。
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「明護隧道」と刻まれている。


最初に道を尋ねた男性には、一般人(謎)にもわかりやすいように「山の向こうから水を引いてきてるトンネル」と表現したところ「ああ、明護坂の隧道やな」と。「トンネル」でなく「隧道」と言われたのがおおっ!となった。
戻りに挨拶をかわしたご高齢のおばあさんも、「明護坂の隧道を見てきました」と言うと一発で理解されていたし、やはり地域の方の生活に根差した、現役の用水路隧道だからだろう。


えてして地域の方にも認知されていなかったりするこれまでの体験が多かっただけになんか嬉しかった、明護隧道訪問。来春以降にぜひ再訪を、今度は反対側の探索も併せてチャレンジしたい所存だ。



いじょう。



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