穴と橋とあれやらこれやら

隧道や橋といった土木構造物など、様々なものを訪ねた記録です。新旧問わず記事にしていますので、古い情報にご注意下さい(笑)。

次回予告篇


長いことミイラ級ネタを続けましたので、



ここらで一発、最新ネタを。
イメージ 1

紀伊半島深奥部から、これまた一転(笑)。



世の中万事、メリハリ。




【本篇】に続く。




この記事に

開く コメント(3)[NEW]


【7】より続く。



ようやく帰り着いた、最初の開口部。
イメージ 2
このヘボ写真具合が、かえって疲労困憊っぷりを表しているような(都合のいい解釈・笑)。



同じ場所でフラッシュ焚いたら、
イメージ 3
全然違う場所みたい。

「絶望の港」(イイねこのネーミング)では、おろろんさんが独り残って待っていてくれた。感謝!


かくして10時25分、泥濘の無限地獄から辛くも生還。

70分以上に及ぶ泥濘との格闘で、もう疲れ果てた。



そして待つことしばし、10時38分。
イメージ 4
3名の勇者も無事生還!

よとと隊長、疲労のあまり薄ら笑みを浮かべておりました(笑)。顔隠すのがもったいない(爆)。お先に離脱したヘタレなわたくしでさえグッタリだったんだから、もういっぱいいっぱいだったでしょうな〜・・・。


聞けば、最終的には心が折れて戻ってきた、とのこと。無理もない。元より閉塞が確定している隧道であり、ひたすら暗闇の中、泥濘を這いずりまわるなんてなぁ、いかに彼ら剛の者たちとてメンタル的に限界があるわいな。しかも、まだ半分行ったか行ってないかくらいだと思うし・・・。

「物理的に進めなくなるまでは、どこまでも突撃!」が身上であったよととさん、ピカさんがこういう形で撤退を余儀なくされたのは、わたくしの知る限りこの時だけだと思う。恐るべし、摺子の泥濘無限地獄・・・。



10時53分。
イメージ 5
正真正銘外だー!!

ようやく名実ともに、生者の世界へと帰還できた。開放感がハンパない(笑)。



コレはピカさんご提供写真。
イメージ 6
へっぴり腰で帰還のわたくし(笑)。

こうして見ると、落筏路と村道、こんなに高低差あったんやな〜。


この後、村道を進んで水圧鉄管跡や余水吐を下から見に行ったのだが、その模様はすでに【4】にてご紹介したので割愛。



発電所建屋の
イメージ 7
屋上緑化(笑)。

可愛いなあ、あの木(笑)。うーん、いつかはこの建屋にも足を踏み入れたいものだ。



さて、仲間たちはすでに駐車場所へ引き上げたようで・・・。



遅ればせながら、11時12分。
イメージ 8
完全撤退開始。

さらば摺子よ。もうコリゴリだよ(爆)。



けっこう久々の、プチ走馬灯バージョンで。
イメージ 9



イメージ 10



11時34分。
イメージ 11
ようやくゲートへ帰着。いや〜どえらい物件だった!





「遥かなる摺子発電所」というタイトルの本当の意味、おわかりいただけただろうか?


摺子発電所へ水と筏を運んだ、「遥かなる」落筏路兼導水路隧道。その闇の深淵は、偏執的なまでの泥濘攻撃でもって、我々をはね返した。何らかの泥対策が必要であることは明白だった。


2011年7月17日、よとと隊長らは再びここにアタックされている。わたくしは残念ながら参加出来なかったのだが、確かこの時は例の開口部を探し当て、そこから梯子で洞内へ降下してのアタックであったと聞いたように思う。当然、対泥濘の秘密兵器も投入してのリベンジであったはず。
が、結果は・・・。

しかも、このリベンジ時の画像は、PCのクラッシュにより失われてしまったのだとか。なんてこった・・・。パンナコッタ・・・。


そもそも、「廃道をゆく2」でこの物件を世に知らしめたNagajis氏(永冨謙氏)をして、「様々な装備を用意して向かったが(中略)閉塞地点に到達することはできなかった・・・。」と書かせしめた、難攻不落のこの魔窟。

万全の装備で臨んだ永冨氏を退けるような穴、誰がヤっても無理やろコレ。


果たして、
あの深遠の最奥を
極めた人間は、
いるのか!?

恐ろしい穴だ・・・。




さて・・・シメはやっぱりこの写真やな(笑)。
イメージ 1
小口橋東詰に戻ってからの、燃え尽きたピカさん(笑)。


「縁側に座る老人」と呼ばれた、このぐったり具合。百戦錬磨のピカさんがこんな状態になるなんて。つくづく恐ろしいぞ、摺子。


リベンジは・・・もういいかな(笑)。



最後に、よとと隊長のレポをぜひご覧あれ。写真をお借りして感謝。

撤退地点での写真を見ると、震え上がってしまうわ・・・。


もちろんピカさんも、動画と写真提供、ありがとうございました。おかげさまでちゃんとしたレポになりました(笑)。




以上、完結。中断を挟んでの長のお付き合い、ありがとうございました。



この記事に

開く コメント(34)[NEW]


閉塞感と圧殺感で呼吸困難になりそう(笑)なネタに辟易してる方もおられるのでは・・・というところで、うまいことやってきましたよ、今年もこの日が!


9月19日クイック日!

イメージ 1

・・・。


ハイッ!ということでね(笑)。


以前からのお客様はご存じであろう、年に一度の不毛なネタ日。


・・・って、誰が興味あんねん!(ⓒヤナギブソン←関西人しか知らんか?


・・・なんだけど、新しいクイックネタ写真を撮り損ねていたので、今年はもう無理かな〜とか思っていたら!

我が石橋の師匠、宮様こと宮川さんから、まさかのネタ写真をいただいた。宮川さん、あざーす!何とか今年も続きました(笑)。でも向こうの三弦トラスも気になるYo!と。

まさかウチの工場を突きとめられるとは・・・やるな、宮川さん(笑)。



今年も、お肉を買いたい人が間違ってこのブログをのぞいてしまったんだろうなあ。罪なブログよ・・・。



しかし、昼間のまききさんのコメにはびっくりしたなあ・・・念押ししてくるんだもん。今日何の日でしたっけ?って(笑)。大丈夫ですよ、忘れてませんって!

例えるなら、目覚ましが鳴るより早く起きて、解除し忘れた目覚ましが鳴ってビビった、的な(爆)。
わかりにくいわ。



けんさん、今年はこんなんでしたけど、いかがでしょう?(笑)





この記事に

開く コメント(40)[NEW]


【6】より続く。



疲労困憊で写真を撮ってなかったため、いきなりだが、
イメージ 1
9時38分、第二の開口部が現れた。

この時点で、疲労度はかなりキテいた。闇の中の泥沼行軍は、容赦なく我がHPを減らしまくっていた。

いったい、どのくらい進んだのだろうか?


後日調べだが、なんとなくつかめた。地図をご覧あれ。↓

ポイントしているのが、探索スタート地点である落筏路の吐口位置(正確ではない)。落筏路兼導水路隧道は、方向的には地図左上方向(ざっくりと、425のおにぎり表記と「とぼと谷」の間あたり)から延びてきていた。その方向を見ると、2本の谷筋が水色で描かれている。この2本の谷筋に2ヶ所の開口部があるのではないかと思われた。

てことは、これまたざっくりとだが、落筏路吐口から1kmほどは進んていたと思われる。


が、もちろん当日現場でそんなことは知る由もなし。


ここで、よとと隊長の写真をパkr お借りしますが。
イメージ 2
全然先見えへけどどうするよ?

・・・ってなもんか。実にイイ写真だなあ、コレ。あの時の空気感を完璧に切り取ってる。我がヘボ写真が恥ずかしい・・・(笑)。


ここまで来たのは、隊長とぱぱんさん、ピカさん、わたくし。確かきょくちょ〜さんも追尾されてたはずだが、途中離脱されたか?


いや、ここで何を話したか、もう全く覚えてないけど・・・


まだあきらめなかったんだな、残念なことに(爆)。


イメージ 3
名残り惜しく見上げる、外の光。

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のごとく垂れ下がる、碍子と電線。我ら罪人を引き上げてはくれない・・・なんつって(笑)。


9時45分、死の行軍、再開。



この第二の開口部からすぐ、このように
イメージ 4
激しく漏水する割れ目があった。いや、けっこうな勢い。

こんだけの水が恒久的に供給されてれば、この泥沼が改善されることは有り得ない。はあ〜。



イメージ 5
ここからは、よとと隊長、ぱぱんさん、ピカさん、しんがりがわたくし。




少し進んで振り返った・・・これ。
イメージ 6
最後の、明かりが、遠ざかっていく・・・。



真の地獄の始まりだった。


泥濘はその深さ、粘度ともに格段に悪化。長靴キワキワまで沈みこみ、足を抜くのにも一苦労。もちろん、写真を撮る余裕なぞナッシン。きっつい・・・。

きっつい。きっつい。キッツいよ。


自分では撮り損ねたので、ピカさんご提供写真で。
イメージ 7
アカン。

コレあかんわマジで。




わたくし、単独で離脱。時間がはっきりしないのだが、たぶん10時6分ごろだったと思う。後のお三方は、もう少し奥まで逝かれたようだが。


その10時6分に撮っていた写真。コレが多分、
イメージ 8
撤退を決めた地点で向き直った時のものだと思う。


ここからは独り、漆黒の闇を戻った。


後ろにも前にも仲間がいるのはわかっていたから怖さはなかった。ただ泥濘が鬱陶しかった。



生還への途中に撮ってた写真たち。

イメージ 9
謎の腐れ一斗缶。



イメージ 10
開口部から入りこんだ木?なんか禍々しい・・・。



イメージ 11
??何で撮った(笑)?






そして・・・10時23分。
イメージ 12
見えた。

最初の開口部だ!


我、生還セリ。



【8】に続く。



この記事に

開く コメント(25)[NEW]


【5】より続く。



激しいボケボケ写真で恐縮だが、
イメージ 2
薄ぼんやりとした明かりが近づいてくるにつれ、ハッキリした。


まさかの、天井に穴。



いや、これは穴じゃない。明確に残った型枠痕が、場所打ちコンクリートできっちりと成形されたことを物語っている。


この開口部は、つまり、
イメージ 3
通気口、または明かり取りのいずれか、あるいは両方。


この導水路隧道兼用の落筏路は、筏師たちも一緒に下ったと言われている。碍子が残っていたことから、電気は引かれて一定間隔で明かりはあったのかもしれないが、人も通過するとなれば、やはり空気(酸素)のことは気になるところ。となると、やはり通気口か?


とにかくこの開口部のおかげで外光を拝めたのは良かったが、登れるようなものではまったくなく、外の様子は知ることができない。そして、(最初の写真でもわかるように)おそらくこの開口部から入りこんできたのであろう土砂や岩で、洞床がほぼ埋め尽くされてしまっていた。


このことが、困った事態を引き起こしていた・・・。



フラッシュ焚いたら全然違う印象に見えるが、
イメージ 4
この開口部の向こうで足を止めている仲間たち。




そこに合流して見れば・・・
イメージ 5
没。終わった!?のか!?

上の写真はピカさんご提供。左からきょくちょ〜さん、おろろんさん、YO314さん、わたくし、ぱぱんさん。おっと、ぱぱんさんの頭上にこうもりさんが(笑)。


弩水没のその先は、果てしなき漆黒の闇の世界。コレはハードル高ぇわ〜・・・



が、よく見ると・・・誰か・・・イメージ 6
やっぱり逝っちゃってるよ、よとと隊長。色んな意味で(笑)。

そりゃそうだ、あのお方がこのくらいであきらめるはずがない(笑)。

けっこうな水深なのだが、洞床が中央に向けて緩傾斜がついているため、端はなんとか長靴でチャレンジできそう。つまり側壁に沿っていけば、まだ進める!



遅れてはならじと(笑)
イメージ 7
ぱぱんさんに続いて突撃!




こちら、ピカさんご提供写真。
イメージ 8
入水直後のわたくし。死出の旅へ(笑)。

もちろんピカさんも続かれた。



ちょうど上の写真を撮られた時に何をしてたかと言えば、
イメージ 1

こんなのを撮ってました。

強烈な泥濘。いきなりこの状態に少々ひるんだが、このくらいで退いてられっか!というわけで、

9時14分、泥の海に突撃開始。



マジ地獄の始まりだった。



最初のうちは、写真を撮る余裕があったのよ。
イメージ 9
改めて、側壁を撮ってみた一枚。

何十年も水流にさらされてきたことを考えれば、けっこういい状態かと。上質なコンクリートが使われたのかな?



いつしか洞内はまた、
イメージ 10
「天井レス」(笑)に。

相当に堅牢なんだろうか。たしかに崩落は一度も見なかったな、確か・・・。



・・・。足元は、ひたすらに
イメージ 11
微妙な深さの水、そしてその下に隠れた軟泥。

この泥が、いけねぇいけねぇ、もういけねぇ(爆)。

最初のうちはこのような軟泥だったのだが、



徐々に、
イメージ 12
カレールゥ的なビジュアルに(爆)。

が、コレ、見かけほどしっかりしてるわけじゃない。



足を置いて、次の一歩を出そうとした瞬間に、
イメージ 13
ズボっと沈む。

そして、がっちりと長靴を咥えこむので、抜くのがまた一苦労。体力と精神力をガッツリと削ってゆく・・・。


たちまち、写真を撮り続ける気力は奪われた。


この日ひしひしと感じた、泥濘の脅威。局面や状況によっちゃあ、マジで危険だ。



9時34分に撮ってる写真。
イメージ 14
なんか、怖い。

まったくどこにもピントが合ってないこの写真を見ると、今でも鮮明に思い出せる。あの泥の感触・・・。独りだったら、相当精神的にヤバかったと思う。


あー!
きっついよーー!!

めっちゃ歩いた気するねんけど!

もはや距離も定かでない。




苦闘を続けること約25分。次なるアレが登場。




【7】に続く。



この記事に

開く コメント(32)

[ すべて表示 ]


.


みんなの更新記事