穴と橋とあれやらこれやら

隧道や橋といった土木構造物など様々なものを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意下さい(笑)。

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ちょっと前のことですけど、またアクセス数がプチブレイクしまして、なんだろうか?と翌日のアクセス解析を見ましたら、

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今度はコレ来ましたか!嬉しいなあ〜!

誰かがツイッターでウチの記事を紹介してくれて、それがリツイートされてるみたいで、今日現在までも連日ふたケタの閲覧があります。


この橋に出会った時の感動は、鮮明に憶えておりますよ。ここ数年で最高の「予期せぬ出会い」だったかも。少なくともこれ以降で超えるものはないかな〜。
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未読の方は、ぜひご覧くださいまし。


どなたか知らんが、手抜きのチャンスを与えて呉れて有り難う(笑)。





2017年8月14日、奈良県北東部遊撃にて。感動の出会いでありました。この日のネタで記事にしているのは、遡ること2時間40分の、魅惑のプライベート橋


今宵も、タメはございません。
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はい、ドン。


いや〜、けっこう驚いた。けっこう辺鄙な東吉野村でもかな〜り山奥、しかも県道でもない行き止まりの道に、こんな立派な橋が架かっているとは!

この後、マジで驚きの発見があった。

…のだが、もうちょい待って(笑)。



左の親柱には、お名前。
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「永代橋」。やべぇな(笑)。

「永代橋」、「万年橋」、「大橋」、「高橋」…これらの名称は、近代になってかつての簡易な木橋から永久橋に架け直される時に、地域を代表する橋、重要な橋、立派な橋に付けられることが多かったもの。
この立派な親柱の造りを見れば、当橋も非常に重要な橋として架けられたのだろう…と推測。

…で、この親柱でいきなり心を持ってかれる発見があったのだった。


いや、だからもうちょい待ってって(笑)。



右の親柱には河川名。
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んがくく!(爆)

読めねえ!が、幸いわたくしは地図に書いてあったので予備知識として知っていた。実はこれで「麦谷川」と書かれている。読めんわ〜。


この橋、立地的にサイドアングルを拝めない。



コレが限界…なのだが、ここに写っておりますよ、いいものが。
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おわかりですかね?




正解はコレ、
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親柱の外側側面に、隠し銘板…というにはあまりに立派なヤツが!




そこに刻まれた情報はこんな感じ。大きいサイズで貼ったので拡大してご覧あれ。
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何から話そう(笑)。

まず驚いたのは、昭和二年五月というその架設年次。状態もいいし、こんなに古いとは思わなかった。こんな立派な銘板が付いている橋、そうそうお目にかかれない。ましてや、こんな田舎(失礼)においては。


そもそも状態がいいといえば、この金属銘板。

これが昭和二年製ならば、驚愕を通り越して奇跡と呼んでいいレベルの好コンディションではないか?

多少のひっかき傷が見られる程度で、欠損や錆びなど一切ナッシン。


さらに驚きなのは、戦時中の金属供出をどうやって免れたのだろうか、ということ。お寺の鐘や仏像までも例外ではなかったとされるこの強制供出を逃れたのだとしたら、これまた奇跡的なことだ。



下流側の欄干。
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これまたほとんど綻びがない。なんという橋。




上流側。
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こっちはちょっと人造石の表面が剥落しているが、全〜然マシ、こんなの!

束柱の形状も素敵やなあ。親柱と意匠が共通しているのがいい。




反対側の親柱、左側は
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「むぎたにか(わ)」。




右側は、
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「ゑいたいは(し)」。

戦前橋で、四本の親柱に都合五枚の金属銘板。全てが現存、全てが美品。

それなりの数の橋を見てきた経験値からすれば、「ウソでしょ?」といいたくなるくらいに有り得ない、奇跡の橋。感動した〜。



このような辺境の地で出会った、奇跡の橋。
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次回はなんとかして下から見たいな。




以上、完結。





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