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記憶の記録

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1995年1月

私にとって1月1日は、お正月という事と同時に忘れ得ぬ日でもあります。

1995年1月1日に飲酒運転による事故で頭部の動脈を切り血塗れで救急病院に運ばれました。

深夜(というか早朝)にもかかわらず、事故の瞬間を目撃された方がすぐに助けてくれたこともあり、

怪我をしてから30分とかからない間に処置をしてもらい、事なきを得ました。

詳細は書庫「記憶の記録」に記事を記載しています。

お恥ずかしい記事ですが・・・。




そして、その事故から数日後・・・・忘れ得ぬ1月17日に「あれ」が神戸の町を襲いました。

私の住む町は三宮から45km離れており、激しく揺れたものの、大きな被害はありませんでした。

早朝のニュースで、見慣れ親しんでいた街が無残に倒壊し、炎上する映像を呆然と立ちすくんで見ていました。

フランケンシュタインの怪物のような顔で・・・。




そんな訳で被災者ではないにもかかわらず、私にとって1995年の1月は生涯忘れる事のない月なのです。

つまらない行為で当時生後5ヶ月の長男と21歳の妻を残してこの世を去っていたかも知れない私と、

何の落ち度も無く瞬時に全てを失った多くの方たち。

まったく個人的であり、思い過ごしなのですが「何か」を感じてしまうのです。

強く思うのは「生かされた」という思い。

そして「残された」という思い。

残され人として精一杯生きることが私に出来る唯一の事・・・かな?




すんません。

オチはありません。

紙一重

私の左眼。
砕け散った眼鏡のレンズが入ったままの眼。
普段は全く意識しないけど、時々、光の加減か何かで見えるときがある。
点々と黒い影。
そして、ふと思い出す眼科医の言葉。
「角膜にひとつ切り傷がありますね。・・・でも、水晶体の水は流れ出てないから、うん、問題ないでしょう。」

紙一重って、このことだ。
まさに。

友人で、交通事故で片目を失った男がいる。
彼は事故で、それ以外の多くの物を失った。
婚約者。
金。

おそらく、彼の内面の何かも。

比べて、私。
何も失ってないように思う。鈍感なだけかもしれないが。
わからない。

「紙一重」
紙切れ一枚分の差。
そんなもんなのかな。
そんなもんだとしても、
その一枚の密度は、紙と同等ではない。

こんな風にも考えた。
私が帰路を変更せず、川沿いの土手道をそのまま通っていたら・・・。
土手から転落、横転、炎上、昇天。
これが、元旦の早朝でなければ、多くの人は寝ていたことだろう。
私をすぐに助けてくれた男性は、自販機の前の家に住んでいて、
たまたま夜釣りから帰ってきたところだった。

なんか映画「サイン」になってまいりました。
すべての事象が私を生かすために働きかけた、なんて妄想だ。
単なる偶然。
運が良かったに過ぎない。

それでも「紙一重」と言う言葉を聞くと、
なにか、不思議な気分になる。
私は、生かされたのかな?という気持ちになる。

神様なんて信じないけど。

事故発生から、どれだけの時間が経過したのか判らない。

私は救急車に搬送され、病院の処置室にいた。

若い医者が、一人で処置をしてくれた。

顔に食い込んでいる、フロントガラスの破片を、一個一個取り除く。

「コツン コツン」

容器に欠片が当たる音。

かなりの数だ。

動脈と、静脈どちらも切れてるらしい。

かなり深い切創。

麻酔、縫合。

だんだん冷静になってくる。

俺、助かる!!

私「あのう・・・輸血とかは・・・?」
先生「まっ、この程度の出血なら、必要ないでしょ。あとは、しっかり食べて、血を作れば。」

ほぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜っ。

よかったぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ。

で、助かるとなったら欲が出てくる。

私「あのぅ・・・この傷、残りますかねぇ?」
先生「(怒)当たり前です!!」




処置が終わり、検査の為部屋を出る。俺はむろんストレッチャー上。

誰かが、私の手に触れた。

妻だ。



結婚披露パーティーで、目隠しのまま、10数人の中から新妻を手を握って当てると言うゲームで、
私は見事外した。
昔のガールフレンドの手と間違えた。

今は、触れた瞬間、解った。

涙が出た。

「ごめんな。ごめんな。」

妻は無言で、手で「よしよし」をした。



検査を終え、病室に向かうエレベーターから、

初日の出が見えた。

(右目はなんとか開けられた。)


この病院には眼科が無く、目薬だけをもらった。

翌日には痛みは引き、ちゃんと視力もあった。

後日、眼科医に診て貰うと、無数のガラス片が刺さっていた。

先生は「このままでも特に問題はないでしょ。」と言われ、

3〜4個大きめの破片を取り出した。

そんな訳で、私の左眼には今もガラスの破片が残っている。



事故直後、私を助けてくれた男性宅へ、退院後御礼を言いに訪問した。

私の姿を見るなり、「生きとったん・・・!!」

私が横になってた場所は血の池になってたらしく、それを見た人は皆、

「ありゃあ、助からんなぁ。」と思ったらしい。

どっこい生きてます。

あなたたちのお陰です。



事故の時掛けていたメガネ。

フレームがグニャグニャにひん曲がっており、

事故の衝撃を物語っている。

今、愛車のダッシュボードの中に収めている。

自分への戒めとして。

1995.1.1

私は血まみれで道端に横たわっていた


その数時間前。

我々は近場のキャンプ場で、馬鹿騒ぎをしていた。

そこは、冬場は閉鎖されてるのだが、

毎年「年越しキャンプ」と称し、

MTB仲間で鍋を囲む内輪のイベントを催していた。

当然酒はガシガシ呑む。日没から始まり、寝るまで続く。

ルールは一つ。車中泊禁止。

半端な装備でこようものなら凍死はしないものの?

絶対に寝れない。

その年の騒ぎようは、度を外してた。

近所には、数軒だが住宅があって、

翌年「あんた達、いい大人の癖にルール守れや。」と、

お叱りを受け、終了となるきっかけを作った年だ。

キャンプ場内〜ご近所をMR2ぶっとばしてスピン。

キャンプ場内でジムニースピンさせ、横転!

ギャーギャー酔っ払いどもが夜どおしどんちゃん騒ぎ。

私はその日、

生後5ヶ月の長男と風邪気味で寝ている妻を残し家を出ていた。

「鍋食ったら帰るから。」と。

帰路に就いたのは、深夜3時を過ぎてからだった。

乗っていたのは三菱の軽四。



相当に酔っ払っていた。

睡魔が、何度振り払っても襲ってくる。

自分の頬を殴り、大声を出し、十数キロ走った。

「死んでも事故れない。」馬鹿が馬鹿なことを思っていた。



残り1キロ少し。

着いたも同然の距離。

慎重に行こう。

コーヒーを飲もう。

少しでも眠気を覚まそう。

少しだけ回り道。

自販機で缶コーヒーを買い、飲み干して、再発進。




その直後、一瞬、寝た。




衝撃音




空回りするエンジン音




顔を上げると、目の前に電柱らしきもの。




と、同時にパラパラと何かが頭から落ちてくる。




あぁ。フロントガラスやってもた・・・。




額から何かが滴り落ちてくる。




血。




後から後から。




やってもた・・・。




とにかく、ここから出よう。




エンジンを切り、体を動かそうとするが、身動きが取れない。




シートが一番前までスライドしてた。




誰かが、ドアを叩く。

「おい、大丈夫か!!」

「すいません。大丈夫です。」

シートをずらし、車から出る。

その男性が肩を貸してくれる。

「ここで横になっとき。」

がやがやと人の気配がしてきた。

「救急車!」

男性が叫ぶ。

左目が異物が入ったみたいで、開けない。

額の血が、止まらない。

くやしい。

なんてアホ。なにやっとんや俺。

涙が止まらない。

これで、死ぬのか。

あいつら二人残して。

こんな馬鹿な死に方で。

「まだか!救急車!!」

男性が叫ぶ。

(つづく)

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