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何をするために命は産まれるのだろうか
その命をどう使えばいいのだろうか
楽しいことはたくさんある
悲しいこともたくさんある
うれしいことも、むかつくこともいっぱいいっぱいある
命果てるまで同じ感情をたくさん経験し
そして同じはずの感情が微妙に変化してまたのしかかってくる
たとえば、生きるとは100ある感情をいくつ受け止められるかということなのか
たとえば、生きるとは100ある関係をいくつ繋ぎ止めておけるかということなのか
たとえば、生きるとは人間らしい感情をどれだけ人にぶつけられるかということなのか
私にはわかりません
だってふだんそんな難しいこと考えてないもん
でも果てる時に「ありがとう」と言えるように生きたい
「産まれてきて良かった」と心から言えるように生きたい
もちろん今現在も産まれてきて良かったと思っています
生んでくれてありがとうと心から思っています
私を生かしてくれるたくさんの人に感謝の気持ちでいっぱいです
だから、私は愛と優しさを放出できる人間になりたい
関わる人、環境をいつも愛せる人間になりたい
私が産まれてきた意味は
優しさを学びそれを還すためだと思っています
そして考えます。
優しさとはなんぞや。
すべてを受け入れるのも優しさだと思うけど
それではいつか無理をしなきゃいけなくなる時がある。
1から10まで指示するのも優しさだと思うけど
それでは思考や個性といったその人の「らしさ」を殺すことになる。
でも、いいじゃん。
やってみて学ぶことってたくさんあるし
答えは一つじゃない。
間違った優しさだろうと
その時その人のために良かれと思ってしたことだから
十分優しさだと思う。
その間違った優しさで人に誤解されても
胸を張って「精一杯の優しさでした」と言えるなら
後悔は無いはずです。
そして考えればいい。
なぜその優しさが間違っていたのか
この次はどうしたらいいか
私は、命果てるまで考え続けて生きたい
そう、命果てる時に「精一杯生き抜いた」と胸を張れるように
生きることに執着して下さい。
諦めないで下さい。
あなたがいるだけで変化する場所はたくさんあるんです。
生きる場所がないのではなく
あなたの命そのものが生きる場所なんです
どう使うかは、笑いながら、泣きながら、傷つきながら、
見つけていくものなのではないでしょうか?
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