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2003年5月31日の夕刻に、
インデペンデントという小さな町に着きました。
この町には、太平洋戦争中(1942年〜45年)に、米国在住の
日系人118,000が800棟のバラック小屋に強制収容されていました。
この強制収容所跡地に行きました。
この収容所で多くの日系人が死亡しました。
1941年の日本軍によるハワイのパール・ハーバー(真珠湾)襲撃に始まる
戦争によって、日系人は「敵国である日本人」であるとされて、アメリカ政府は
即座に、米国本土在住の日系人を逮捕、拘禁しました。
一方、ハワイ州の40%を占めていた日系人は、強制収容されませんでした。
*写真は、砂漠の中にあるインデペンデントにある日系人強制収容所跡地です。
ナチス・ドイツによるユダヤ人強制収容所跡地と変わりありませんでした。
ただ、毒ガス部屋で、集団的に殺されなかったに過ぎません。
いま、この跡地に、太平洋戦争の悲劇、
日系人強制収容所の実態を伝える博物館が出来たと聞いています。
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