吉川和夫ブログ美術庵=諸国放浪記

キッカワ・カズオは、本物の画工を目指して孤軍奮闘しています。

全体表示

[ リスト ]

6月の吉川和夫ブログ美術館”人物を描く”では、昔むかし、元寇と戦った英雄・北条時宗像を描きました。
イメージ 1
 
北条時宗(1251〜1284)は、五代執権・北条時頼の嫡男として建長三年(1251)5月15日に生まれた。
得宗の子である時宗には、生まれながらにして強い期待が集まっていた。
九歳で小侍所別当、十三歳で執権を補佐する連署となり、十八歳の若さで第8代執権に就任。
しかし時宗を待っていたのは、かってない国難であった。
文永十一年(1274)の文永の役と弘安四年(1281)の弘安の役の2度に渡る元軍の侵略攻撃であった。
 御家人以外の武士にも出陣を要請。
元の国使を処刑したり、派兵を計画したり、防塁を構築したりして、又、神風の台風の恩恵もあってこの難局を乗り切った。
その他時宗は腹違いの兄・時輔らの対抗勢力を討ったり、幕府に批判的な日蓮を処刑しようとしたり、専制的な面もあったが、一方禅宗に深く帰依し、文永・弘安の役で亡くなった敵味方の霊を慰める為、円覚寺を創建した。時宗は33歳の若さで亡くなったがその生涯は元寇と言う国難との戦いの生涯であった。
今、時宗は円覚寺の仏日庵の廟所で眠っている。

 
イメージ 2
                           鎌倉円覚寺三門

この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事