吉川和夫ブログ美術庵=諸国放浪記

キッカワ・カズオは、本物の画工を目指して孤軍奮闘しています。

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7月の吉川和夫美術展〜人物画を描くでは、
慶長遣欧使節団の「支倉常長像」を描きました。
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支倉常長
(はせくら つねなが)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。 桓武天皇を祖先とする血筋でありながらも伊達氏の家臣として活躍。 慶長遣欧使節団を率いてヨーロッパまで渡航し、アジア人として唯一無二のローマ貴族、 及びフランシスコ派カトリック教徒となった。幼名は與市、初名は六右衛門長経、 洗礼名はドン・フィリッポ・フランシスコ。

後日談
慶長遣欧使節は「日本人が初めてヨーロッパの国へ赴いて外交交渉をした」画期的な出来事であった。 常長らは「初めて太平洋・大西洋の横断に成功した日本人」である。 のちに江戸幕府崩壊後、明治新政府は岩倉具視を全権大使として欧米視察の使節を送ったが(岩倉使節団)、 その際に欧州で常長らの遺した事跡に出遭い、 日本ではほとんど忘れられていた常長達の存在が再び注目されることとなる。 明治新政府の首脳たちは欧米視察によって日本がいかに遅れた国であるのかを痛感し大きな劣等感に苛まれていたが、 このとき250年以上も先立つ昔に日本の外交使節がスペインで外交交渉を行いローマまで派遣されていたという衝撃的な事実を知った。 常長達の足跡を目の当たりにして、岩倉たちは大いに勇気づけられたという。    

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